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「いいえ。そうではありません。確かに今、世間一般に知られている話は12世紀後半のプランタジネット王朝において、シャンパーニュ伯爵夫人マリと詩人クレティアン・ド・トロアによって書かれた『荷馬車の騎士』――または『ランスロ』の名で呼ばれる物語が元となっていますが、ドイツないしはスイス人のウルリヒ・フォン・ザツィクホーフェンが記した『ランツェロット』はそれとは際立って異なるランスロットの物語で、おそらくはケルトの神マボンがモデルの魔法使いマブーツが登場するなど、こちらは明らかにケルトの起源です」
「ケルト? ……だからなんだと…」
「それにクレティアンにしろ、ウルリヒにしろ、どちらもランスロットが湖の妖精にさらわれ、育てられるという物語――つまり〝妖精に捕まる〟というモチーフを使っています。これなんかもケルトの伝説にはよく見られるモチーフなのですよ」
彼はわたしの合いの手も無視し、真剣な表情でランスロットの講釈を始める。
「そこからウェールズの伝説『プリティ・アンヌウン』でアーサーと共にあの世へ遠征するルウフ・レミナウクや、同じく『キルフフとオルウェン』でアーサーが大鍋を盗む手助けをするアイルランド人のレンレアウクを、大陸の作家達が名前の似ているランスロットに置き換えたのではないか?とも考えられています……ランスロット卿は、けしてただの創作の人物とは言い切れないのですよ」
「で、ですが、完全な創作でないにしたって、それだって伝説上の人物でしょう?それに、もし仮に実在の人物だったとしたって、それが私の前世だなんてことは……」
無論、そんな説明をいきなりされても、世に名高い伝説の騎士の生まれ変わりなど、到底、理解できるような話ではない。私はもう一度、当時持っていた一般常識からイカれた彼の考えに意見しようとする。これではもう、どちらがカウンセラーでどちらが患者なのかわかったものではない。
しかし……。
「考えてもみてください。ランスロット卿はガリア――つまり今のフランスの生まれであり、また湖畔で湖の妖精である〝湖の貴婦人〟に育てられたことから〝湖のランスロット〟とも呼ばれています……これは、誰かに似てはいませんか?」
「それは……」
次に彼が語った話に、図らずも私は反論の言葉を見失う……それは、偶然にも私の生い立ちにどこか似ていた。
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