間章 ランスロット卿――ジョナサン・ディオール(30歳)の回想

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「そして、ランスロット卿の抱えていた苦悩です。彼は彼の仕えるアーサー王の王妃グウィネヴィアと道ならぬ恋に落ちてしまったことで悩み続け、次第に身を滅ぼしていくのです……そう。今風に言えば、まさに上司の妻との不倫です!」 「それは、私の……」  それは……私の抱えている問題そのものだ。 「加えて、あなたは騎士には必須である剣と馬の扱いにも長けておられる……これらはすべて、あなたの前世がそうさせていることなのです! その悩みも! その運命も!」 「そんなことが……」  そんなこと、あるわけがないと思った……だが、その一方で、偶然にしてはよく似ている自分とランスロット卿との境遇に、何か因縁めいたものを感じ始めている自分がいるのもまた確かなことだったのである。 「他にもきっと、あなたとランスロット卿との間には共通点があるはずです」 その感情を気取られまいと視線を逸らす私に、カウンセラーはさらに畳みかける。 「例えば……クレティアンの『荷馬車の騎士』で、グウィネヴィア妃がメレアガンス卿という円卓の騎士に誘拐された際、メレアガンスの部下に自分の馬を射殺されランスロット卿は、そこへ通りかかった荷馬車に乗ってグウィネヴィア妃の救出へと向かいます。当時、荷馬車は罪人を乗せる乗り物とされていたのに、それに乗る恥辱をも恐れずにです。あなたにも、そうして自らを犠牲にして、恋人を救おうとしたことがあるんじゃないんですか?」 「………………」  私は閉口した……確かに、私にもそうした憶えがないわけではない。仕事をやめる際にだって、私は後に残る彼女のために、私の方からしつこく関係を迫ったのだという事実と違う噂にも何も語ることなく、黙して静かに彼女のもとを去ったのだ。  だが、そうして愛する者のために自分の名誉を顧みないということは、男ならば一つや二つ誰しも憶えのあることだろう……ただ、私とランスロット卿との共通点はそればかりではなかった。 実は私も仕事の関係で、ランスロット卿と同じように〝荷馬車〟に乗ったことがあったのだ。それも、彼女の仕事を助けるために……。  こじつけと言ってしまえばそれまでだが、ここまでカウンセラーの話を聞いてくると、そんなこともなんだか自分とランスロット卿とを結ぶ運命の糸のように私には思えてきてしまう。
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