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「で、お話によると、何か連続古美術品窃盗犯を追って、イングランドにいらしたとか?」
「フランスを中心にヨーロッパ各地を荒らしている〝怪盗マリアンヌ〟なる女盗賊です。窃盗、強盗、遺跡よりの盗掘を含めれば、わかっているだけでも計50件以上に上る大悪党です。若い女性ということ以外、その容姿・年齢等は一切不明ですが、裏の市場(マーケット)の噂では、近頃、イングランドに渡ったとの情報を得ましたもので」
「なるほど……ですが、ここは英国――我々の国です。犯人逮捕等の権限は我々この国の警察にあります。国家主権の問題も絡んできますので、勝手な行動を取られることだけは御遠慮願いますよ」
感情の籠っていない機械人形のような調子で説明するマクシミリアンに、レストレイド総監は背後の窓を振り返ると、苦々しげな顔を見せないようにして忠告した。
「無論、わかっています。正確に言えば、私の職務はマリアンヌについての情報を提供し、英国警察の捜査に協力することですのでご安心を。ただし、緊急時における犯人確保については認められていますので、そうした状況に至った場合に関してはご容赦ください。主権の問題が云々というのであれば、公にはすべてそちらで解決なさったこととしてもらって構いませんので」
「でしたら、別に構わぬのですがね……ええと、マ……」
「マクシミリアン・フォン・クーデンホーフです」
どうやら、その長ったらしい名前を憶えていなかったらしきレストレイド総督に、やはり抑揚のない声でマクシミリアンは告げた。
「あ…い、いや…わかってますよ、クーデンホーフ捜査官……ええと、お名前から察するに、お国はドイツですかな?」
「いいえ。オーストリアです。同じドイツ語圏なのでよく間違えられますが」
「そ、そうですか……それはまた失礼をいたしました……」
誤魔化すつもりで振った話題であったが、ますます気拙くなってしまった。
レストレイドはこの感情の起伏をほとんど現さず、凍てつくほどに青く鋭い瞳をした30そこそこの若者を厄介に思っていた。
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