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「やめる」
口をついて、自分でも思ったより大きな声が出た。
翔真も、ふいに顔をあげる。
「恥をかくのはもうやめる」
その時、私はどんな顔をしていたんだろう。
泣いていたんだっけ?
それとも怒ってた?
今では全然思い出せない。
ただ、翔真はびっくりしたような、困ったような、寂しいような。
今まであまり見たことのないような表情をしていた。
そのまま、私は立ち去って。
その後、翔真の部屋には二度と訪れていない。
あれから丸6年。
私は短大を卒業後、逃げるように上京。
現在は都内の制作会社でデザイナーをしている。
デザイナーと言っても、一日中パソコンに向かって、チラシ広告つくったり、ホームページつくったり。かなり地味な職業だ。
また、陰気な私にとって、このデザイナーは天職とは言えず…
「色使いおかしい、センス悪い」
「ダサい」
「遅い」
「ちゃんと説明しろ」
「これだからゆとりは」
とまあこんな風に、違う意味で毎日恥をかいている。
一方の翔真の事は、その後、まったくどうなったのか、知らない。
ただ、二浪しても希望の大学に受からなかった、というところまでは母親づてに聞いた。
最近は都内でも夏の夜にアブラゼミが泣いている。
夜中に似合わないけたたましい鳴き声を聞くたびに、
心の澱がむわっと浮かびあがるのは、やっぱり私が陰気なせいだからだろう。
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