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―ちょっと話があるから、実家へ戻ってきてちょうだい。
母ではなく、隣の家の牧田さん、つまり翔真のお母さんから連絡があったのはつい昨日のこと。
毎日仕事で怒られ疲れ、いい加減1日くらい会社をさぼりたかったという気持ちと、おばさんには珍しく静かな話し方が気になり、えいやと有給をとって、私は今朝、鈍行列車に飛び乗った。
いくつかの電車を乗り継ぎながら都会のビル群を抜け市街地を少し走り、やがて田畑がちらちら見え始め、田んぼだらけになった頃、私はようやく最寄り駅についた。
更にそこから徒歩で30分強歩かなければならない。
「こりゃ、ミキは家を出たの、正解だったかもね。」
午前中だというのにナイフのように鋭い日差しを背中に受け、私はひとりごちる。
8時半ごろ出発したのに、腕時計はもう11時近くを指していた。
ミキ、というのは昨年実家を出た19歳になる私の妹。
都内の大学に通っている彼女は、去年の今頃実家を飛び出してしまったのだ。
きっと、遊び好きのあの子のことだから友達と夜遊びする時間が欲しい、つまり通学時間が惜しい、という理由のためだけに一人暮らしを選んだのだろう。
性格も、服の趣味も、読む雑誌も全くかみ合わない私たち姉妹は、物心ついた頃から全く仲良くなく、電話は半年に1回、LINEも3カ月に1回連絡を取れば良い、という姉妹らしからぬ付き合いをしている。
だから、今日も牧田さんにミキが呼ばれているかどうかも、実は知らない。家に帰ればわかるからいいし。なによりあの子のあけすけな性格は場を引っ掻き回すだけだから、むしろいてくれなくてもかまわないんじゃないかな。
―お姉ちゃんって、地味系なのに『まり花』なんて派手な名前してるんだね。
中3の多感な頃に言われたその一言は、私の心を深く抉りとっていった。
未だに、自分が地味だと感じるその時にいきなりリフレインしてくる。忘れもしない。
「もうっ…!」
やだもう、また思い出しちゃった。ため息交じりに一言吐くと、私な残り少ない家路を急いだ。
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