カミサマとの邂逅

3/5
前へ
/5ページ
次へ
翌日も同じ時間に家を出た。  色の濃い空では青白い月の辺りで薄雲がたゆたっている。中にパーカーを重ねてはいるが、剥き出しになったところから冷たさが伝って全身が冷えていくようだ。短く切りそろえられた頭も寒い。白い息が何度も目の前で膨れる。イヤホンで両耳に栓をしていると視覚と聴覚とで齟齬が生まれ、心地よい孤独感に包まれる。六弦の蠱惑的なアルペジオに思考を侵され、今朝も夢見心地だった。  地蔵のことなどすっかり頭から抜け落ちていた柊二は、同じように暗がりに人影を見つけると小さく飛び上がった。月明かりで輪郭が浮かび上がり、昨日の彼であることを知る。柊二の耳にはドラムの音が流れ込み続けていて、視覚とのちぐはぐさに軽く目眩を覚えたほどだった。一瞬を切り取られたような情景は静止画と錯覚する。 彼はまるで自らもその一員になったかのように微動だにせず、そこに収まっていた。柊二は齟齬に耐えきれなくなって慌ててイヤホンを外した。視覚と音が合致する。そこでようやく息を吐いた。  こいつ、毎朝ここで拝んでいるのだろうか。深く息を吐きながら見据える。    今まで彼と地蔵に気付かなかったのは、以前まではこの時間柊二がここを通ることが無かったからだ。彼が一体どのくらい前からここで毎朝拝んでいるかは知りようがないのである。  声を掛けてみようかと思った。が、柊二の気持ちの高ぶりは、彼の顔を覗き込んだ瞬間にさっと冷めてしまった。今朝はマフラーをしていない彼の横顔が見える。それに見覚えがあった。地蔵を拝んでいるのはあの、浅沼宙(あさぬまそら)だったのである。柊二は沈んだ感情を抱えて、その場に立ち尽くした。  浅沼宙はとにかく陰鬱な奴だ。直毛の髪は不自然なくらいに黒黒とし、校則に違反するかしないか際どい長さに切ってある。やや長い前髪も特徴で、終始俯き加減の彼は時折そこから深い隈を携えた虚ろな目を見せるのだ。  彼だと気づけなかったのは、その独特な雰囲気が宵闇に同調していたからだろう。両目を伏せ、両掌を合わせ、熱心に石を拝んでいる様は不気味だ。  彼とは同級である。因みに言えば、彼は柊二の斜め左前方の席だ。授業中問題なんかを当てられて立ち上がる彼は、姿勢はいいくせに何処か重苦しい。よく教師にもっと声を張り上げろと注意されている。そんな姿に快活な性格を想像するのは難しい。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加