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そんな彼が地蔵を毎朝拝んでいる。その事実はさほど柊二を驚かせなかった。ただ、何故この場所なのだと疎ましく思った。
観光地の神社仏閣ならまだしも、彼が眼前で掌をぴったりとくっつけ拝み倒しているのは廃れた町の国道沿いにある小さな石像なのだ。そんなもの、腰の曲がったお年寄りしか気に留めない。
柊二は苛々していた。彼が小さな石像を拝んでいる事が目障りだった。
「そんなもん拝んでどうすんの」
気付けば彼の背に吐き捨てていた。彼が祈る理由など、学校での扱いを見ていれば幾らでも想像がつく。それはただの嘲りからだった。所詮自分も他の人間と同じだ。彼を見下すことに抵抗はなかった。
この静まり返った早朝の路上で、今の言葉が聞こえなかったわけがない。だが彼は身じろ
ぎ一つしなかった。無視されたと分かって、怒りに身体が震えた。
「カミサマなんているわけねえだろ、馬鹿じゃねえの」
柊二は口端をひん曲げて、笑い含めながら言った。いるわけがない。石像が小さかろうと大きかろうと意味が無いのは同じ。神など何処にもいないのだから。
なるほど、と思った。自分は小さな地蔵に祈っても意味が無いと苛立っているのではなくて、根本的に否定したいらしい。祈ろうが何をしようが先は変わらないと柊二は充分過ぎるほど理解していた。だからこんなにも彼の祈る姿に腹が立つ。
うんともすんとも反応しない背中に呆れ、立ち去ろうとした。
「いるさ、俺が祈ってんだもの」
突然に聞こえた声が一瞬誰の口から発されたものなのか分からなかった。それほどに、浅沼の声は自身に満ち溢れていて明瞭だった。少しばかり笑っていたような気さえする。
それは今まで耳にしたものとは似ても似つかない。彼は徐ろに腰を上げて柊二を振り返り見る。相変わらず目の下に浅黒い隈を飼っているが、何とも威圧的な目つきだった。
「君はこんな風に何かに祈ったこととかないのかな?」
浅沼は挑発するように少し首を傾げ卑しく笑った。動揺を押さえ込み負けじと柊二も同じ様に口角を持ち上げる。
「あるわけねえだろ」
「それは一度も?」
何かを勘ぐるような鋭い視線に息が詰まった。
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