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「それはですね、さっきも言ったように、アナタであってアナタでない存在だからです」
自分から投げかけておいて、結局は同じことの繰り返し。もう、げんなりとしてしまい、僕は見せつけるように大きなため息を吐き出した。
「そう、溜め息なんてつかないでくださいよ。アナタが求める答えはこれからなんですから。……そうですね、それでは彼を見てください」
隣の男は笑みを浮かべ、おもむろに目の前の吊革を掴む男を指差した。
「顔や体型なんかはアナタとよく似てますよね。でも、よく見てください。彼は一重です。それに、やや垂れ目ぎみですよね」
言われてみれば、確かに微妙に違っている。
「そして、あの人ですけど……。彼は少しばかり胃腸が弱いみたいですね。とても苦しそうです。でも、アナタは健康体みたいですね」
続けて隣の男が指した向かいの長椅子に座る男に視線を向けてみる。向かいの席の男は、隣の男が言うようにお腹を手で押さえぐったりとした様子だ。
「あっ、あと彼なんかは、ちょっと身長が高めですね」
さらに指した先には、出入り口のドアの前に立つ僕よりも随分と背が高い男がいた。
隣の男が言うように、ここに居る男たちは僕に似ているけど、みんな何処かが違っている。それは理解できたが、『自分であって自分でない』と言う言葉の意味は全く説明されていない。
答えると言いながら、ほとんど答えになっていない。全く進展のない会話に、うんざりとしてしまう。僕は少し身を屈め、太ももに肘をついた腕で頬杖をつくと、また見せつけるように大きなため息を吐き出した。このまま、心地よい電車の揺れに身を任せ眠ってしまおうかとも考えた。
だが、そんな心境など気にすることもなく、隣の男は語り続け、眠ることも許さない。
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