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「私たちは同じ情報を有している存在なんですよ。だけど、その情報も個々で少しずつ違っているんです。それが身体的な特徴なんかとして現れているんです」
「……同じ情報? それって何ですか?」
初めて毛色の違う答えが返ってきて、閉じかけた瞼を開き、屈めていた体をも伸ばし食いついてみる。しかし、やはりというか、隣の男は僕の問いに答えることなく、自分の思うままに話を進めていく。
「アナタには、此処がどんな風に見えていますか?」
案の定、話は唐突に変わった。他人に話しかけながら、全く他人の話を聞かない隣の男に、こいつは少しおかしいのかと怪訝に思ってしまう。だが、おそらく無視しようとも、返事をかえしてみても、隣の男は話を続けていくだろう。そう思いながら、僕は取り敢えずこの質問にだけは答えてみた。
「ここは電車の中ですね。それも地下鉄みたいです。動いているみたいだけど、何処に向けて走っているのかは分かんないです」
「地下鉄。……あぁ、これが地下鉄という空間ですか。どうやら、アナタは記憶を多く保持している存在みたいですね」
「記憶を保持? それって、どういう意味ですか?」
うっかり答えの返ってこない疑問を投げかけてしまう。
「この光景を創っているのは、アナタの記憶です。それを同じ情報を有する私たちも見ている。でも、それは私たちの記憶ではないかもしれませんね。全く違う魂の記憶かもしれません」
隣の男はクスクスと笑う。
「私は記憶というものをほとんと残していません。でも、様々な知識の断片を多く残しているみたいです。こうやって話せているのも、そのお陰みたいですね」
そう言う隣の男は、この地下鉄の車内という空間を、初めて目にしたかのように物珍しそうに眺めていた。
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