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「なぁ……今日お好み焼きして」
おはようの挨拶もせずに隣の席に乱暴に腰を下ろした渉が、不貞腐れた顔で呟く。
「……根にもっとったんかい。……ちゅうか、昨日颯真と今藤と行ったんちゃうんか」
「だって稔のお好み焼きが一番旨いって知ってるのに行く訳ねぇじゃん」
「……ホンマにお前は……」
無防備にたらしこみやがって、と胸の中でだけ文句を言ってみる。全く、天然人たらしほど恐いものはない。
「別に昨日の材料そのまま使うだけやし構わんけど。お前今日バイト違うんか」
「…………知ってるよくそぉ。お好み焼き食いたい……」
大学1年の冬から始まった二人で晩ごはんを共にする習慣は二人ともバイトがない日と決めていて、だからバイトの予定は共有されている。
ぐぬぅ、と机に突っ伏して悶える渉の頭をぱふぱふと叩いたら、
「何時に終わるねん」
「…………22時」
「しゃあないな。待っといたるわ。昨日約束反故にしたんオレやしな」
「ぃやったぁ~」
ガッツポーズで立ち上がった渉を、恥ずかしいから座れ、と引きずり下ろして頭を叩く。
「お前は小学生かホンマに。たかだか晩飯が食べたいもんになっただけではしゃぐな」
「だってさぁ、稔のお好み焼きがマジで一番好き」
「……さよか」
今の『好き』はお好み焼きに対する好きやぞ、と自分に言い聞かせながら、複雑な想いに歪む唇を隠すべく渉から顔を逸らしたのに。
「なんだよ、ホントだぞ?」
ニコニコと笑う渉がにゅんと近づいてきて、内心オタオタしたながら渉の頬を手のひらで押して遠ざける。
「……近いねん」
「なんだよぉ照れてんのか?」
せっかく顔を遠ざけたのに、このこのぉ、と無邪気に脇腹をつつかれて目を白黒させるしかない。あの時のようにトイレに駆け込むのは御免だ、と浅い呼吸を繰り返して必死に冷静さを保ちながら、えぇ加減にせんかい、と拳を固めた時だ
「──おはよ、今朝も仲いいね」
「おはよぉ颯真! 今日さぁ、稔がお好み焼きにしてくれるって!」
「そっか、良かったじゃん」
ニッコリ笑って後ろの席に腰かけた颯真の方へ体ごと向き直ってお好み焼きへの想いを滔々と語る渉の姿を、横目で見ながらそっと溜め息を吐いた。
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