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夜遅いんやから来るとき騒ぐなよ、と念押しされていたこともあって、稔の部屋の前に着いたタイミングで電話をかけた。
「あ、もしもしオレ~。今家の前」
『お~、ちょぉ待て』
それだけでプツリと途切れた通話のすぐ後にドアが開く。
「お疲れさん」
ニヤリと笑って出迎えてくれた稔に、おう、と返して勝手知ったる他人の家とばかりにズカズカと家の中へ入る。
「ふわぁ、やべぇ。めっちゃいい匂いする。腹減ったぁ」
「分かっとる。手ぇ洗てこい手ぇ」
呆れたような顔をしながら笑った稔に洗面所へ連れ込まれて、思わず笑ってしまった。
「相変わらずオカンだな。つーか稔って見た目最近の若者なのに、食べることに関してだけめちゃくちゃマナーうるさいよな」
「あぁ……親父が料理人やからな。なんや懐石とかそういう感じのとこ」
「ぇ!? なに、稔ってボンボン?」
テレビで紹介されるような老舗の店構えを思い浮かべて手洗いの水を撒き散らかしながら稔の方を見れば、
「お前の考えてることなんかお見通しやけどな、老舗の息子とか違うから、興奮してそこら辺ビシャビシャにすんな」
掃除さすぞ、と呆れ半分諦め半分の顔に睨まれた。渋々顔を戻して手洗いを再開する。
「懐石って言ったらさ、政治家とかが袖の下渡したり、舞妓さんと遊んだり……」
「お前のその偏った知識はいつの時代に手に入れたんや。昭和か。……懐石言うても、なんや……プチ贅沢? に使えるみたいな。ちょいカジュアル目のとこらしいで。あんまよぉ知らんけどな」
「行ったことねぇの?」
「さすがに敷居が高いわ。いくらプチ贅沢のカジュアル目言うたって、百貨店のレストランフロアの一角にあるような懐石の店、怖ぁて行けるか」
「奢ってもらえばいいじゃん。親父さんいるんだろ?」
「あほ。オレみたいなイマドキの学生が一人で行ったら浮くわ」
「じゃあオレが一緒に」
「お前は絶対連れていかん。いちいち騒いで悪目立ちしそうやからな」
しかめ面でそう呟いた稔が、会話を切り上げるようにぽいっとタオルを投げてくる。慌てて受け取って蛇口を締めた。
「えぇから早せぇ。オレも腹減っとんねん」
「なんだよ、食うの待っててくれたのか!? お前ってホントいい奴だよな!」
後ろから飛び付いたら、よろめきながらも踏ん張った稔に叩かれた。
「せやから危ない言うてんねん」
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