204人が本棚に入れています
本棚に追加
「ねぇ、ちょっと……」
「……なんや急に」
「いいから」
「ちょっ?」
次の講義に備えて後方の席を確保してボーッとしていた時のこと。何やら怒りに満ちた表情のエミが目の前に現れたかと思ったら、強引に腕を引かれて廊下に連れ出された。
いつものメンバーとは一緒にならない講義で、自分で真面目に出るしかないから早く戻りたいのだと不満を現して頭を掻く。
「なんやねん。早してくれよ」
「あんた最近手当たり次第過ぎでしょ」
「……」
「あたしの友達に手ぇ出したって、あんた気付いてる?」
「……知らん」
一夜限りの相手の素性なんて気にする訳がない。そんな気持ちでぶった切ったら、怒りを通り越して呆れに変わった目でエミに睨み付けられた。
「──勘違いしてたわよ。面倒なことになる前にちゃんとしとかないと痛い目に遭うから」
「……」
「あんたリップサービス上手すぎる自覚ないでしょ。あんな恋愛偏差値の低い子にまでテクニック使ってどうすんの」
「……しゃあないやんけ」
寝ている渉にキスしそうになった一件以来、渉と食事をする日は必ず女の子に声をかけるようになった。食事が終わる頃に呼びつけて、渉を強制的に帰らせるためだ。
そうでもしない限り渉はダラダラと居座り続けるのだ。それだけならまだしも、寝ないのかよ? と首を傾げた渉が、じゃあオレも起きてる、などと言い出して酒盛りにでも発展したら最悪だ。
さすがに女の子が家を訪ねて来れば、渉も素直に帰ってくれる。持て余した欲求も解消出来て一石二鳥だ。
「……ねぇ。悪いこと言わないからさ、ホント……もうちょっと考えなよ。せめて学校で漁るのやめるとかさ。刺されても知らないよ?」
「……せやな。さすがに刺されたら痛そうやし。……勘違いしてんのは誰さんや」
「大河沙紀って子。……あんたのこと元々好きだったみたい」
「……そうか……」
そしたらな、と適当に手を振って教室に戻ろうとしたのに、服の裾を掴まれて疑うような目で睨みつけられた。
「……ねぇちょっと」
「なんや。まだなんかあんのか」
「沙紀のこと、都合のいい女扱いしたら許さないからね」
怒りと──心配に満ちた目に見つめられて、溜め息をひとつ。服の裾を掴んでいたエミの手をそっと外させる。
「…………うるさい、分かっとぉわ」
「ちょっ……、ホントに許さないからね!!」
*****
最初のコメントを投稿しよう!