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「おはよう、稔」
「……ぁあ? あ~……おはようさん」
「なに、二日酔い?」
「あ~……うん。ちょっとな」
講義室の後方右隅に席を確保して机に突っ伏していたら、前の席に座ったらしい颯真の声が上から落ちてくる。気遣ってくれたらしい小さめの声だったけれど、それさえもうるさく頭に響いた。
「渉となんかあったの?」
「……なんで」
なんでオレの周りはみんなこう察しが良いのに、当の本人だけは鈍感なんだと、二日酔いではない痛みでズキズキする頭をグリグリと揉みほぐす。
「……渉から昨日連絡あって」
「あぁ?」
「やっぱり稔、エミとデキてる! って大騒ぎしてた」
「……あぁ……そういう……」
昨日、帰り際にすれ違ったせいだろう。とはいえエミは家に迎え入れた瞬間から既に怒りのオーラを纏っていたのだし、友好的な関係だと勘違いしたところがまた鈍感だ。
「……エミは忠告しにきただけや」
「忠告って?」
「……派手に遊びすぎやってな」
「あぁ……なるほどね。最近確かに手当たり次第って感じだったよね、稔。……渉と二人でご飯、キツイんじゃないの?」
「…………どういう意味や……」
さらりと爆弾発言されて、ぎこちなく首を回らせる。オロオロするなよと言い聞かせて颯真を見つめたはずなのに、真っ直ぐな目にひたと見据え返されたら居たたまれなくなってしまった。
「好きでしょ、渉のこと」
「っ、んで……」
あっけらかんと指摘されて呆然とするしかない。
いや、とにかく早く何かを取り繕わなければ。何を? どうやって? どうしてでも──意地でもだ。
「あほ。何言うてんねん。オレは女の子が好きやし、お前かってさっき、手当たり次第て言うてたやんけ」
「……稔」
「だいたいな、いくらちょっとちっこくて可愛いっぽい顔してようが男やぞ」
「──稔」
言い募ろうとしたのに静かな声に遮られたら、言葉が詰まって出なくなった。
もっとだ。もっと、早く、違うって否定しないと。
「いいから。心配しなくても言い触らしたりしないし、からかったりしないから」
「だから違、」
「オレも一緒だから」
「う、って……?」
違うって言ってるやろと、怒鳴って何もかもを蹴散らして部屋を飛び出そうとしたのに。
ぐっとオレの肩を押さえて立ち上がれなくした颯真が見せてきたスマホに表示されていたのは、気持ち良さそうにスヤスヤと眠る誰かを隠し撮りしたらしい写真だった。
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