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停車に向けて地下鉄の速度が緩み、乗客達が一人、二人とドアへと向かう。
次第に増える人の波が視界を阻み、桜祈が呪の姿を追うのに気を取られた隙をつき、無理やり彼の前に躍り出た。
自ら庇護を捨てたボクに、呪の群はこれまでにない勢いでこちらに迫り来る。
「るか!」
咄嗟にボクの腕を掴んだ桜祈に構ってはいられない。襲来する呪に向けて、口早に唱えた。
「〈守、朱、珠〉」
ピタリ。
ボクの目と鼻の先――本当にギリギリの所までその魔手を伸ばしていた呪が、突如停止する。
(ビンゴ!)
どうやら、ボクは賭けに勝ったらしい。
直前に唱えた言葉の意図は、『呪』と唱えた時と同様に、只の音に意味を持たせる言霊を当て嵌めることだ。それにより、彼らに呪以外の性質が新たに複数付与された。
彼らの身動きが止まったのは、複数の性質が一気に付与されたことで混乱しているからだ。
それに加えて、彼らに"呪"と"守"という相反する性質を与えることで、ジレンマを植え付ける狙いがあった。
今、彼らは呪と守、どちらの性質を優先するべきか、もしくはどちらの性質にも適う手段はないか、とのジレンマに苛まれていることだろう。
混乱とジレンマが、彼らの動きを封じさせているのだ。
「また苦しませることをして、ごめんなさい」
己の危機から脱する為に、彼らを混乱させたことを思うと忍びなくて、ボクはそっと謝った。
固まった"シュ"からそっと後退し、追ってこないことを確認してからやっと、肩の力を抜き、安堵の息を吐く。それと同時に、自らの身を危険に曝すという暴挙に出たことへの恐怖と緊張が、今になってこの身に襲いかかってきて、心臓がバクバクと煩いくらいに早鐘を打った。
彼らが"シュ"という音に対し、瞬発的に反応していなければ、ボクは今頃、彼らに触れられて呪われていただろう。
そう思うと、薄ら寒さを覚えた。
「生きた心地がしないや」
取り敢えず、窮地は脱したみたいだと胸を撫で下ろしていると、背後から指が食い込むほど強い力で肩を掴まれる。
恐るおそる振り向けば、鬼の形相の桜祈がそこに――。
「生きた心地がしないのは、こちらの台詞だ。随分と無茶な真似をしてくれたな、るか」
「あだだだだ! 痛いです、桜祈さん! ごめんなさい!」
桜祈の制裁を肩に受け、平謝りする。
なんてことだろう。
黒い呪に取り憑かれるよりも、桜祈の制裁の方が余程、苦痛を強いられてるんじゃないかな?
肩が粉砕する! と本気でビビった丁度その時、地下鉄がホームに到着した。
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