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ボクら三人が降車すると同時に、扉が閉まり、間もなくして車両がホー厶から滑り出た。車両は埃っぽくて生ぬるい風を巻き上げながら、レールの先に待ち構える暗い虚へと吸い込まれていく。
ボクは去り行く車両を見届けながら、あのさ、と傍らの二人に話し掛けた。
「ボク、前から思ってたんだけど、地下鉄って、どこか異空間に繋がってそうだと思わない? 例えば、あの世とか」
ひょっとしてひょっとすると、地下鉄の坑内のどこかに、あの世と繋がっているレールがあるんじゃないか。
それで、あの世行きのレールを走る車両は、生者ではなくて死者を乗せるんだ。
「案外、お盆になるとさ、ご先祖様は地下鉄から来るのかもよ? あっ! でも、待てよ」
何かの拍子に、生者がその車両に乗ってしまったら、そのうっかり屋さんは一体、どうなるのかしらん?
「うっかり屋さんはそのままあの世に行っちゃったりして。そいで、もしかすると、輪廻のレールにまで乗り進めてさ、気付いた時には来世に行っちゃうかもしれない。おっかないね」
こんなのただの空想だ。
でもさ、さっきみたいな奇怪な体験をした後で、お盆の象徴みたいなホオズキを持って、この薄暗い空間にいたら、こんなことをつい考えてしまうよね。
粗方、空想を語り終えた後で、聞き手の反応を窺うべく顔を上げると、乱市は胡散臭そうに眉を顰め、桜祈は呆れ顔をして、各々ため息を吐いた。
「るか、地下に輪廻があるものか。地下鉄車両の行き着く先は、ただの駅だ」
「じゃあ、どうして"シュ"は地下鉄を彷徨ってたんだろう?」
桜祈の返答に尚も食い下がると、問答無用で両腕を二人に引かれる。
「しょうもないものに気を取られて、また言霊を発せられてはたまらん。行くぞ」
「おら、ボンヤリしてないでとっとと歩け。コイツら浄めてやんねーぞ」
「それは困る」
半ば引き摺られるようにホームから離れていく傍ら、車両に乗っていた時の事を思い出す。
(たった数駅分の旅で、いろんな事があったな。言霊のこと、もっとちゃんと制御できるようにならなきゃ。ねえ)
このホオズキのように、ボクの制御不能な言霊に振り回されて、苦しんだり、悍ましいものになってしまうような不幸をこれ以上起こしてはいけない。
「本当に、ボクのせいでこんな姿にさせてしまって、ごめんなさい。ボク、キミ達に誓って、絶対にこの力を使いこなせるように頑張るから、キミ達は浄められて向かった先で、ゆっくり休んでね」
ホオズキを抱き締めて、強くつよく決心した。
「お前が言霊の制御訓練を怠けたら、ソイツらが化けて出るよう仕掛けてやってもいいぞ」
「んもう! 怠けないったら」
横から茶々を入れる乱市に抗議する傍らで、いくつかのホオズキがカサリカサリと揺れ動く。その動き方はまるで、乱市の発言に賛同して頷いているかのようで、ああ、しまったな、とボクは項垂れた。
これからは、ボクには過保護だけど矢鱈と厳しい保護者の桜祈だけでなく、"シュ"までもがボクを見張るらしい。
「ぼくとホオズキにどやされぬよう、精々、頑張ることだな」
ホオズキのひとつを指先で撫でながら、桜祈は美しくもどこか圧のある笑みをボクに向けた。
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