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息の詰まるような薄暗い地下。
窓のない閉塞的な空間。
生温い空調。
無機質に光る照明。
端の見えない長いホーム。
壁に沿って設えたレール。
レールと通路が続く先は、ぽっかりと口を開けた真っ黒な虚。
このトンネルは長く広く地中を這い、レールは都市部の地下を蜘蛛の巣状に張り巡らされている。
ここは地下鉄のホーム。
ボクはこの地上とは画する空間を常々、異空間のようだと感じていた。
「ねえ、桜祈。地下鉄って、迷宮みたいでワクワクしない?」
お盆が間近に迫った、八月のとある日。
ボク――御咲 るかは、相棒の桜祈を連れて、祖父の営む古書店・古本やに赴くべく、現在、地下鉄を待っている最中だ。
今日は他に寄る所があったから交通手段を地下鉄にしたのだけれど、地下鉄なんて普段滅多に使わない。
その為か、今はちょっとした冒険気分で、地下鉄車両を待つ間、ボクはホームの端よりもずっと奥で息衝いている暗闇を食い入るように眺めていた。
そこに吸い込まれるようにレールが伸びる様を見ていると、どうにも好奇心が疼くのだ。
高揚する胸の内を傍らの相棒に伝えたところ、その整った眉があからさまに歪められた。
「るか、頼むから、この横穴を探検しようだなんて思わないでおくれよ。まったく。何故、盆が迫ったこの時期に、よりにもよって地下鉄なんぞを移動手段に選んだのやら」
地下鉄の何が気に入らないのか、この美麗な青年は眉間に皺を寄せ、頬を引き攣らせてまで不機嫌を顕にする。
「だって、芳月堂に寄っておじいちゃんちに行くのに、地下鉄は便利なんだもん。桜祈も好きだろ、ここの水羊羹。おじいちゃんちには、マド君と乱ちもいるそうだし、皆で食べようね」
ずしりと重い和菓子屋の紙袋を掲げれば、彼は鼻を鳴らしてボクの服の襟を鷲掴みにした。
彼がこういうことをするのは大抵、僕が迷いそうな所にいる時だ。うん、つまり、桜祈にとってボクの服の襟はリードの代わりってわけ。
どうやら桜祈は、ボクが好奇心のままに徘徊すると思っているらしい。
「ボク、子供じゃないんだから、放してよ」
抗議の意を込めて頬を膨らませると、絶対零度の冷めた目で睨まれる。
「不服げだがね、お嬢さん。君の好奇心は、幼子のそれと大して変わらんのだよ。君のお守りをする中で、リードを着けたいと何度ぼくは思わされたことか」
「ヒドイよ!」
ボクが非難の声を上げた矢先、ポオンと電子音がホームに鳴り響く。次の車両の到着予告だ。
「あ、これに乗るよ、桜祈」
電光掲示板に表示された行先を確認すると、ボク達は桜祈に声を掛けて、乗車口に寄った。
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