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ゆらあり。
ボクの唱えた言霊に反応したらしい黒いもの達が、大きく揺らめきながらこちらへ向かってくる。
「こっちに来るよ!」
「見ればわかる」
桜祈は至って冷静にボクをドアの角に押し込み、自らの陰に隠した。
一体、また一体……と増殖する黒いものは、傍目からでもかなり目立つと思うのだが、他の乗客からは特にこれといった反応は見られない。
彼らにはこの異様な光景が視えないのだ。ボクが目を凝らして車両内を視るまで、黒いものの存在にまったく気が付かなかったように。
(きっと、桜祈にはかなり早い段階でコレが視えていたんだな)
乗車後、彼がやたらと警戒していたのは、この黒いものの存在を感知したからだろう。
「桜祈、これ、何?……っていうか、さっき、『言霊の影響』って言ったよね」
桜祈の背中越しに尋ねれば、彼は呆れたようにこちらを一瞥する。
「何って。今しがた、コレに"呪"という意味を当てがい、性質を与えたのは君だろう。まったく、厄介な事だ」
「ボクが?!」
まるで、自分がこの奇怪なものの名付け親みたいな言い方をされて、素っ頓狂な声を上げた。
「コレが本来、何であったのかはぼくにもわからん。だが、君が乗車口で言霊を発した途端に姿を現し、『呪』と唱えた直後に動きだした。つまる所、言霊の影響をより受けている存在と云うべきだろうな」
そうして、一直線にこちらを目指す呪を見て、こう付け足す。
「"呪"の言霊を与えられた以上、コレは標的と定めた者に取り憑き、障りをもたらす存在となっているのだろう。しかも、どうやら君は狙われているらしいぞ」
「いっ!?」
相棒の言葉に、思わず頭を抱えた。
ボクがうっかり言霊を発したことで、その影響を受けてしまうものを悪質な存在に転化させてしまったらしい。
桜祈から聞かされたその事実に、ボクは言いようのない罪悪感を覚える。
しかも、悪いものを発生させた挙句、自らの首を締めるとは、ボクはなんて愚かなんだろう。
(ボクのせいで、とんでもないことになっちゃった! この黒いのに申し訳ない気持ちもあるけど、このままだと、ボクも桜祈もこのコ達に取り憑かれちゃう。どうする?!)
――呪に取り憑かれれば、どんな形であれ、必ず、その身に障りが出るだろう。
そうボクに教えてくれたのは、体質により、呪をはじめとする多くの"悪いもの"をその身に取り込んでしまい、幼い頃から様々な障りに苦しめられてきた、ボクの友人のマド君――御門 円君だ。
――だからね、もしも、"悪いもの"が視えたら、気付かれて標的にされない内に、知らん顔をして逃げるんだよ。
マド君は本当に重要なことを告げる時は、その赤銅色の眼を一瞬でも逸らすことなく、真っ直ぐこちらの目を見据える。
この助言をした時も、彼の眼はボクの目を捉えて離さなかった。
(でも……でも、マド君。あっちに気付かれた上に、逃げ場のない所ではどうすればいいの?!)
ボクは胸中でここにはいない友人に縋る思いで叫んだが、勿論、返事があるわけない。
本当に、自分の悪い癖のせいで、大変なことになっている。
口は禍の門とは、まさにこのことだ。
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