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「私は蛭子家の手伝いなんてしないし、あなたに付きまとわれる筋合いないから。」
花は踵を返して伊織から離れようとした。だが伊織は素早くその花の腕をつかむ。
「ちょっと!!」
「蛭子家の人間が何もしないなんてありえないだろ。」
離れようとする花の手をつかんだまま、片方の手で伊織は花の体を下駄箱に押し付けた。
軽く触れた体から伊織の体温が花に伝わる。伊織は周りには見せたことのないような鋭い視線で花をとらえた。
「俺は鬼ヶ崎の人間だ。蛭子家の人間が犯罪を犯さずにはいられないように、俺たちは罪を暴かずにはいられない。覚えておけ、蛭子花。俺たちはそういう家に生まれたんだ。」
そういうとさらに花の耳元に口を寄せた。
「俺がお前をいつも監視している。それを忘れるな。」
顔が離れた瞬間に体温も一緒に離れていく。伊織は一瞬、睨み付ける花に皮肉気な笑みを見せた。それから花に背を向けて、何事もなかったように去っていった。花は自身の心臓がいつもよりも早く脈打っているのを感じて、しばらくその場にたたずんでいた。
蛭子家と鬼ヶ崎はすべてが対極にあるような家だった。蛭子家が『悪』ならば鬼ヶ崎家は『正義』だ。蛭子家の人間が悪事を働く悪い人間ならば、鬼ヶ崎家は悪事を暴くいい人間だった。また蛭子家は下夜見岬を支配する一族だが、鬼ヶ崎家は上夜見岬を取り仕切る事実上の支配者だ。必然的に両者はいがみ合うようになる。特に鬼ヶ崎の人間には正義感の強いものが多い。彼らは悪事を暴くために独自の方法で、蛭子家の人間を監視しているらしかった。伊織も例にもれず、花が二年の新学期に転入してきた際にも、真っ先に花のもとにやってきて己の存在を知らしめた。以来、時々花のもとに姿を現しては警告の言葉を残して去っていく。蛭子の家から離れて過ごすことのできる学校で、静かに過ごしたかった花には伊織の行動はいい迷惑だった。
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