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花が学校から帰ると、蛭子家の屋敷の立派な門の前に、黒塗りの高級車が止まっていた。花は妃か寿絵莉のどちらかが帰ってきたのだろうと思い、特に気にすることなく車を横切り門の横にあるくぐり戸へ向かった。だが黒塗りの車の中から出てきたのは、背の高い細身のスーツを着た男だった。男の姿を認めて思わず花は立ち止まった。男の方も花に気が付き、車から降りたところで両者が向き合うような形になった。男は黒髪をキレイに後ろになでつけ、グレーのスーツを着こなしていた。鼻筋の通った綺麗な顔には似合いのノンンフレームのメガネをかけている。一見インテリな雰囲気を漂わせていたが、眼鏡の奥の底のしれない闇のような瞳が、危険な人間だということを花に知らせていた。沙奈江の兄、蛭子 紳一郎(ひるこ しんいちろう)だった。紳一郎は蛭子家の経営する裏カジノや、その他施設の経営を任されている。蛭子家の次期当主は現当主の息子を差し置いて、彼が最有力だろうと噂されていた。花は一応といった風に紳一郎に向かって軽く頭を下げた。すると紳一郎は花に近づき、いきなり花のほほを平手で殴りつけた。思わぬ強い衝撃に、花は後ろ手にしりもちをついて落ちた。花は初めにほほの痛みといきなりな殴られたことに驚き、次にその感情を押しのけるように怒りが湧き上がってくるのを感じた。花はキっと下から立ったままの紳一郎を睨みつける。紳一郎は顔色一つ変えずにその視線を受け止めた。
「私に向かって挨拶もまともにできないのか。今のガキは。」
そう言うと、紳一郎は何かに気が付いたように小首をかしげた。
「沙奈江に少し似ているな……お前、花か?」
紳一郎はしばらく屋敷に帰らず仕事をしていたため、花の顔を見るのは初めてだった。花もまた、引っ越し初日に遠くから紳一郎の姿を見かけただけだった。
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