心の揺らぎ

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花は屋敷へ入ると、誰にも会わないようにそっと台所へ向かった。幸い、家人達は紳一郎の出迎えのために別室へ集まっているらしく、途中誰とも会うことはなかった。台所へ無事たどり着くと、冷凍庫から氷を取り出し、それをハンカチで包んでほほにあてた。殴られたほほは薄い赤色になり、ジンジンと痛んだ。蛭子家へ来る前も、来た後でさえ一度も暴力を振られたことはなかった。今更ながら、ためらいもなく少女を殴ることができる紳一郎に、花は軽く恐怖を抱いた。しばらくほほの痛みが落ち着くまで待つと、氷を流しに捨て部屋に向かった。沙奈江に殴られたことを悟られたくなかった。まだ多少赤みの残るほほについてどう母に説明しようか。そんなことに考えを巡らせながら、部屋に続く階段を上り部屋のふすまに手をかけたところで、部屋の中から苦しそうにせき込む音と、太一がおろおろと何事か話しかけている音が聞こえた。花が急いでふすまを開けると、布団の上で過呼吸にあえぐ沙奈江と、どうしていいやらわからず、困ったように沙奈江に話しかける太一の姿があった。 「お母さん!!」 「花ちゃん!!どうしよう、沙奈江ちゃんが急におかしくなっちゃった。僕どうしたらわからなくて…。」 年甲斐もなく慌てる太一に文句を言いたいのをぐっとこらえ、花は傍に落ちていた太一のお菓子の入ったビニール袋をひっつかむと、中のお菓子を床に投げ捨てた。太一はびっくりしたようにそのお菓子を拾い集める。花はそんな太一を横目にからのビニール袋を沙奈江の口元にもっていった。 「お母さん、ゆっくり息を吸って。吐いて。」 花は声に合わせて沙奈江の背中を優しくさすった。花の指示に沙奈江は素直に従い、吸いて吐いてを繰り返す。徐々に落ち着いてきたところで、花は後ろでもじもじしている太一を振り返った。 「何があったの?」 「わ、分かんない……。」 花の問いに困ったように答える太一。花は太一に聞いた私が馬鹿だったと思いながら、沙奈江に視線を移した。沙奈江の顔色はいつもよりさらに悪いようだった。 「お母さん……。」 「ごめんね、もう大丈夫だから……。」 しばらくして、呼吸の落ち着いた沙奈江は消え入りそうな声でそれだけつぶやいて、体を布団に横たえた。
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