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カーテンの後ろでは、太一がまだうじうじと落ち込んでいるのが、花には手に取るように分かった。沙奈江の非難するような視線に耐えかねて、花は謝罪の言葉を太一にかけようとした。だが誰かが部屋に戻ってくる音で、謝るタイミングを逃してしまった。
「お父さん!どうしたのそんなところでおろおろして?」
太一の一人息子の千秋だった。
「おかえり、千秋。僕がね悪いことしちゃってね…」
太一が言い終わらないうちに千秋はカーテン越しに花達に呼びかけた。
「花さん、沙奈江さん、開けていいですか?」
「大丈夫よ。」
沙奈江の答えに、千秋はそっとカーテンのはじをめくり顔をのぞかせた。軽くウェーブのかかったくせっ毛に色白の肌。十代の少年らしく多少ニキビができているものの、目のクリッとしたとてもかわいらしい少年だ。その大きな瞳が花や沙奈江を媚びるように見ている。
「ごめんなさい。お父さんが何かしてしまったようで。僕からも謝らせてください。」
千秋は軽く頭を下げた。沙奈江が困ったような顔になる。花は冷めた目で千秋を見つめた。
「別にあんたが謝ることじゃないし、実際太一は何もしてないよ。私が八つ当たりしただけ。」
こわばった声で花が答えると。顔を上げた千秋はほっと安心したように、おずおずとほほ笑んだ。その顔は太一のぼやっとした顔の作りとは似ても似つかない。千秋は太一の実の息子ではない、というのは周知の事実だ。太一が学生だった頃、関係を持った覚えのない同級生から、無理やりお前の息子だと押し付けられたのだ。だから両者に似ている所などないはずだった。だが千秋の他人に媚びを売り、すぐに下出に出るところは太一にそっくりである。おそらく生まれてこの方、蛭子家の家人達にまともに扱ってもらえなかったせいだろう。花はそんな虐げられることに慣れてしまった千秋が、好きではなかった。
「用は済んだでしょ?早くカーテン閉めてよ。」
「はい、失礼します。」
立ち去る間際、千秋はちらっと花へと視線を向けた。その顔に一瞬、恍惚の表情が浮かんだが、誰もそれに気が付くことはなかった。
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