鬼ヶ崎家の監視人

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花が朝の家事を終え、早々に玄関を出ると初夏のすがすがしい光が花に降り注いだ。家では使用人のようにこき使われている花も、一応高校に行くことは許されていた。だが黒塗りの無駄に高そうな高級車で、近くの学校まで送ってもらえる妃やその妹の寿絵莉(じゅえり)とは違い、屋敷からは離れた別の学校へ徒歩とバスで通わなければならない。そのため、花の屋敷を出る時間はほかの誰よりも早かった。花の住む蛭子家のあるこの街は夜見岬(よみみさき)という。四方をぐるっと山に囲まれた陸の孤島のようなこの街の真ん中には、海に飛び出た岬のように崖がそびえ立っていて、その崖が街の名前の由来だった。まるで夜見岬を二つに割るように立つ崖は、上から見ると末広がりに広がって奥の山へと続いている。崖の先っぽの下周辺には繁華街などもあり活気のある『街』が広がっているが、奥の山へ向かってのびる坂を上がっていくと、のどかな風景が広がるようになる。崖を挟んで西側を下夜見岬(しもよみみさき)、東側を上夜見岬(かみよみみさき)と言った。下夜見岬の坂の上には蛭子家の屋敷があり、花の通う高校は上夜見岬側の町中にあった。バスで街中まで下りた花はそこから徒歩で高校までの道のりを歩きだした。花は額に浮かんだ汗を手で軽くふく。この春から着始めた学校指定の黒い長そでのセーラー服は、初夏の気候ではすでに暑すぎた。 「花さん!」 駆け足で近づく足音と呼び声に、花は振り向きもせず歩く速度を速めた。 「花さん、おはようございます。」 予想以上に早く追いついた声に、花は冷めた目を向けた。礼儀正しい言葉に少し媚びるような声色の主は千秋だった。千秋も花と同じ高校の一学年下に在籍していた。 「おはよう。」 花はそっけなくそれだけ返すと、あとは前を向いてひたすら歩いた。だが千秋は気にした様子もなく、花の横顔を見つめている。視線に耐えかねて、花は横を歩く千秋に顔を向けた。 「さっきから、じろじろみてるけど何なの?気持ち悪いんだけど。」 「すいません。」 少しイラついたような花の声に、慌てて顔を伏せる千秋。だがすぐにまたうかがうようにちらっと花を見る。 「何か言いたいことがあるなら、はっきり言えば?」 「いえ、ただ、その、花さんの目の色って変わってるなってずっと思ってて……。」 気になってつい見てしまうんです。千秋はそう言って花の顔を見つめた。
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