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二人の会話に少しばかりの余力さえ奪われた俺は、また窓の外に目をやった。流れる夜の街の景色に、俺はふと数か月前の自分を思い出す。
親父に無理やり行かされたパーティー。一人で車を運転する帰り道は、景色を眺める余裕がないほどの疲労と息苦しさで、毎回押しつぶされそうだった。
普通に憧れ逃げるように入ったコンビニ。
何となくテイクアウトした一杯の珈琲が、俺の目にうつる全てを変えた。
俺の世界はいつの間にかこんなにも華やかで、喜怒哀楽に溢れた賑やかなものになっていた。
それは、このちんちくりんのお姫様が隣にいるから。
そう、たったそれだけのことなのに。
「なぁ、智恵理」
「ん?なぁに?」
愛してるよ。
そう言いたかったのに、ミラー越しに藤崎碧人が余計な目配せをしたせいで言葉に詰まる。
「何よ、そっちから話しかけて無言って。どうしたの?」
「……言いたいこと、忘れた」
「なにそれ、変なの」
怪訝な顔をした智恵理の頬に、俺は軽くキスをした。
「わぁ!ビックリした。急に何!?」
「あぁ、早く家に着かないかなぁ」
俺はギュッと智恵理の小さな手を握る。
「もっと速度を落としましょうか」
嫌味を言った藤崎に、俺は鼻でふんと笑った。
疲れたけれど、良い日だった。
重い体をシートにあずけて、俺はそっと目を閉じる。
言葉通り少しだけ速度の落ちた車が、俺を乗せて家路を進んだ。
~fin~
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