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引き出しの奥には僕の一部分がひっそりと息を潜めている。 分厚い黄ばんだ一冊の本だ。中身は小説だという。 だという、と妙な言い回しをしてしまうのには理由がある。実を言うと僕はこれを持ち始めてから数十年間、一度もこの本を読んでみたことはおろか開いてみたことすらないのだ。 それは、随分年季が入っていて薄汚れた表紙に辛うじて読みとれるのは、アルファベットの羅列がある事だけだった。 この本は、僕の物になるまでは、ずっと祖母の物だった。その前は、祖母の恋人だったソウさんの物だったらしい。祖母の手に渡ったのはまだ日本が戦争をしている頃だったという。 祖母は、優しい人だった。もっと言えば古風な日本人らしい女性だった。夫の三歩後ろをついて歩き、常に夫を引き立て自分はひっそりと息を詰めている様な。だからこそ幼い僕の目には祖母が祖父のいいなりになっている様に見えてならなかった。幼心に心配し、嫌だと言わないのか、と聞いても、いつも笑って首を振っているだけであった。     
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