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そんな祖母が初めて祖父以外の人の名前を出したのは、その本を僕が見つけた時だった。そして僕はその時、ソウさんの事を知ったのだ。それから、控えめな祖母の思い出も。 茶色くなったその本には、もしかしたらソウさんを思って泣いた祖母の涙の跡があるかもしれない。あるいは二人の記憶や、当時の日本を包んでいた風や、祖母が生活していた部屋の匂いなんかが閉じ込められているのかもしれないのだ。 角がよれてしまった本の端をなでる時、ふと僕はそんな事を考えてしまう。日本の為に戦場へ旅立った若者は、何を思ってこの本を恋人に託したのだろうか。そして恋人はどんな思いでこれを持ち続けていたのか。 この本は、祖母の一部分でもあった。 僕が初めてこの本に出会ったのは、小学五年生の夏だった。 祖母はその頃祖父が遺した古書店を一人で続けていた。 けれど、祖母も年を取り一人で続けるのが難しくなった事をきっかけに店をたたむことになったのだ。それは、その年の夏、僕が一番ショックを受けた出来事でもあった。     
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