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結婚する前。もっと早く想いを伝えていたら、と未生はひどく後悔した。けれど彼の結婚が決まったとき、それができちゃった結婚であることを知って、やっぱり馬鹿だと鼻で笑った。後先を考えない馬鹿な男。そんな馬鹿さを可愛いと思っていた馬鹿な女。馬鹿男を、妊娠で繋いでおけると思った馬鹿女。馬鹿ばっかり。
それに気付いて、やっぱり未生は笑った。
「なに、急に笑い出して」
「いやぁ、付ける薬もないなぁって」
「なに、怪我?」
「ううん。明日どこ行こっか、地下鉄に乗って」
気取られないように、さらりと彼女は話題を戻した。ぬるま湯に浸かっただらしない体を見ながら。
優柔不断で、お互い大事なものが崩れるのを恐れていた。臆病な者同士。
傷を舐め合うように二人でいることを、未生は受け入れるしかなかった。自分から手放せるわけもなく、けれど、自分たちが正しいと割り切れもせず。
先に酔った七生がさっさと寝たのを確かめると、未生は一緒にベッドで横になっていた体を起こした。そうっと、起こさないようにベッドから抜け出す。そうしてベッドに背を預けたまま床に座って、残っていた焼酎のグラスを手にしていた。
「こっちが育ててやらなきゃ、駄目になるのなんか目に見えてるのに。馬鹿な女」
嫁に対しての思いを、誰にも聞こえない空間に吐き捨てる。
こんな馬鹿な男を許せるのも、育てることも、自分でないとできないのに。そう思う心を七生には絶対に悟らせないよう、未生は一人酒を煽るしかない。せめて、明日が楽しみになったことにわずかな笑みを浮かべて。
溶けた氷がなくなるのを確かめると、一人で飲み直すために冷蔵庫に向かったのだった。
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