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体の火照りも冷めた二人だけの部屋には、アルコールの香りがほのかに漂っていた。
「外で飲むこともなくなったとはいえ、二人で宅飲みする日が来るとは思わなかった」
クスクスと、嘲笑さえも感じる笑い声が響く。
「前はよく、みんなで飲んでたもんな」
彼女の意図を察してか、彼もそう頷く。
二年ほど前までは、二人ともよく仲間内で集まっては居酒屋や誰かの家で飲んで騒いでいた。七生にいつしか彼女ができたことを、未生は飲み会に連れてこられた彼女からのカミングアウトによって知ったのだった。
警告。それは間違いなく警告だったのだと未生は確信していた。腹黒く、裏表の激しい女の張る、たしかな予防線。
「七生が…結婚なんてするから、みんなで集まる機会もなくなったんだよ」
皮肉も込めて、未生はそう口にした。
本当ならこういった関係の中でそんな話をするのはタブーだということも、彼女はすべて分かっていた。分かっていて、八つ当たりのようにその言葉を口にする。
「てっちゃんにでも言えば、みんな集まるじゃん」
七生は、彼女の意図に気付かないふりをしてそんなことを言った。
「それじゃつまんないじゃん。七生が来られない飲み会なんて」
「…そろそろ、離れた方がいいのかもな、俺ら」
そう言って、彼は未生の顔を見ようとはしなかった。
ずっと、きっとお互い同じ想いを抱えていたことに、薄々未生が気付いたのは彼が結婚を決めたあとのことだった。その結婚の話ですら未生はてっちゃんから聞いたのだ。
「七生がそうしたいなら、あたしが止める権利はないからそうするよ」
「少しは、我がまま言えばいいじゃん」
「言えるわけないじゃん。妻子持ちになんて」
未生は、心が表に出ないように徹しているつもりだった。いつか別れてお前のところに来るよ、なんて言わせたくなかったからだ。そんな信用出来ない言葉を掛けられて、もっと身動きが取れなくなるのはご免だと彼女はずっと自分を抑えてきた。
「なんでそういう意地の悪いこと言うかな」
彼は機嫌を損ねたようにビールを仰いだ。その缶が、空になる。
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