お仕事

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司会者が「宴も酣ですが、今からお二人の婚約記者会見と致したいですよね。皆様いかがでしょうか。」と、急遽テーブルと椅子とマイクが用意されて、照れ気味の二人は着席させられ、保博は「イヤー、芸能人みたいだな。」と言いながらも喜んでいて、嫌がっているとか、変な質問は困る風でもなく、あくまでも本気モードを漂わせていた。司会者は比較的無難な質問だったが、招待客は出逢った場所やデートの回数とか色々質問してきた。保博の部下で、交際中とは夢にも思わなかったとか、多忙なのに、サスガ社長だと驚いたと感想を述べる人もいた。しかし、挙式は未定で、数年はパリの支社に勤務して帰国したらとしか答えず、明確な発表はなく、入籍が先になるかもとは照れ笑いしながら答えた保博だった。拍手喝采の中婚約式は終わろうとしていた。小声で「お疲れ様。」と保博は微笑みながら囁いた。誰も雇われ婚約者とは思わなかった。お似合いのカップルであり、二人とも輝いていた。保博の両親やスタッフに挨拶をしてから、今夜のマキの宿泊するお部屋に保博が案内した。そして、「今日は本当にありがとうございました。スィートルームだけど、勿論マキさんお一人でゆっくりなさってくださいね。僕は隣の部屋にいるから体調悪くなったりの緊急時には連絡してね。お休みなさい。」と言い終えるや否や何故か二人は無言で抱き合ってしまっていた。マキの眼からは涙がこぼれ落ち止まらない状態になり、保博まで泣いてしまっていた。いつまで二人は離れずに居たのだろうか、時が止まってしまったかのように沈黙の中を思わず唇を重ねてしまっていた。マキはこれは仕事に含まれているのか、何なのか理解できずにただ、佇んでいた。保博は別れたくなく、しかしまさかこのままこの部屋に入ってしまってはいけないのだろうし、いつ身体を離そうかとタイミングが分からずに、まさかせっかくのスィートルームの前で、廊下で一夜を過ごしてしまうのか、二人は、どうしてよいのか誰かに聞くわけにもいかずに、何かが始まろうとしている、この甘く切ない恋というベールに包まれながら真夜中の二人だけの時を過ごしていた。
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