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「おはようございます、井上さん」
会社のロッカールームで着替えをしていると、後輩の木下に声をかけられた。私は脱いだシャツをロッカーに押し込んで新しいシャツに袖を通す。
「毎日大変ですね、着替え。井上さんが使う路線、どこも混雑やばいっすもんね」
「ああ、本当に。疲れてしまうよ」
男性にも更衣室が用意されているのが、この会社のいいところである。おかげで私は毎朝、通勤のあとに着替えをすることが出来た。毎日満員電車のハシゴをしていると、冬場であっても大層な汗をかく。
夏場など、弱冷房車はむせ返るほどの熱気とにおいに包まれる。熱さと息苦しさで朦朧とした乗客。その顔が暗いトンネルを進む車内の窓に一斉に映る様は壮観だ。窓の中に自分のうっとりとした顔を見つける瞬間はたまらない。
早く夏になればいい。
デスクの上のカレンダーを指でなぞり、私は蒸し暑い季節の訪れを待った。ゴールデンウイークを終えた会社は気怠い空気が流れている。
「あと一か月の辛抱か」
梅雨時のジメジメとした満員電車を思い、頬が緩んだ。まるで蒸気でも出ているのではないかと夢想するほどの湿気をはらんだ熱気を、思いきり吸い込める季節である。
帰りの電車の混雑に合わせるために、今日は二時間ほど残業をしようと心に決めた。
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