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海の見える町。
少しだけ、町から外れた、岬の近くに。
少女の家はあった。
漁師の家。
今は、住んでいるのは少女だけ。
少女には日課があった。
時間は決まっていないのだが。
岬へ行って、そこから……
……花を、海へと投げ入れる。
花は、岬に着くまでに見つけたもの。
毎日、必ず1輪だけ摘んで、それを海へと投げ入れる。
その日は、タンポポであった。
放ったタンポポは、海風に乗り、少し離れた海面に吸い込まれていく。
それを見送ってから、少女は静かに目を閉じ、想いを馳せる。
「羽海(うみ)~!!う・み!!」
そんな少女の背後から、少女を呼ぶ声が聞こえる。
「羽海!……そろそろ時間だよ!今日は大漁だったそうだから、忙しいよ!」
息も絶え絶えに少女……羽海のもとに現れた老婆。
「うん、すぐ行くから先に行ってて、おばあちゃん。」
微かに笑みを浮かべ、羽海は老婆にそう告げる。
「頼んだよ!あんたの腕を、みんな頼ってるんだ。」
老婆はそう言って、そそくさと立ち去っていく。
羽海は、漁師の娘。
水揚げされた魚を、港の施設で切身にしたり、鱗を取ったりするのが仕事。
このような加工は漁師の妻たちが集まって行う。
若い娘は、数えるほどもいない。
都会に憧れ、上京していくものが多いからだ。
そんな中、素早く丁寧な包丁捌きの羽海は、女達の中で重宝されていた。
特に、今日は大漁。
いつもの倍以上の魚が施設にやって来る。
羽海は貴重な若い娘。
あまり水揚げ量が多くない日は、行かなくても良いのだが、今日ばかりは皆、羽海の腕を頼っていた。
「こんにちは。遅くなってごめんなさい。」
羽海が、騒々しい施設に顔を出すと、
「羽海ちゃん!助かったわー!……これで夜のうちに帰れるわー!」
女達が安堵の声を漏らす。
「これはまた……大漁だったんですね……」
捌かれた魚の、数倍はあるだろう、無傷の魚。
羽海はぐいっと袖をまくり、エプロンを着ける。
髪を後ろでひとつに縛ると、女達の中に入っていく。
次々と捌かれる魚たちに、女達は感嘆の声をあげる。
「やっぱり羽海ちゃん、手際がいいわー!」
「ほんと。お嫁さんに欲しいくらいよ♪」
そんな言葉の中、笑みを浮かべて魚を捌く、羽海。
「……ごめんね。羽海ちゃんの家、漁師はいないのに……。」
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