潮騒の調べ~少女は、願う~

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「……ごめんね。羽海ちゃんの家、漁師はいないのに……。」 ひとりの女の言葉に一瞬、羽海の表情が曇る。 「ちょっと!……今のは言っちゃダメよ!……ごめんね、羽海ちゃん!……気を悪くしないで……」 別の女が、羽海に小さく頭を下げる。 羽海の父は、町でも評判の漁師だった。 漁師達のリーダーのような父。 大漁旗が靡く船の群れ。 その中心で大きく手を振る父は、羽海の自慢であり、誇りであった。 魚の捌き方を教えてくれたのは、父だった。 「漁師の家に生まれたんだ。漁師の妻とか娘とか、そういうのが集まってる所へ行くのもいいだろう。話題作りにもなるし、友達が出来るかもしれない。」 そう、父は言ってくれた。 そんな父を…… ……高波が連れ去った。 漁師達の中で、ひとりだけ。 他の船達は、みんな帰ってきたのに、父の乗った船だけは、帰ってこなかった。 「親父さんが、荒れそうだから早く帰ろうって合図を出してくれたんだ。みんな引き上げるのを待って、それから動き出したと思ったら……」 責任感の強かった、父。 そんな父は、まだ大丈夫……と進もうとする漁師仲間の船を何とか帰し、全員が戻ったのを見届けてから、帰ろうと向きを変えた。 そんな、少し引き上げるのが遅れた父の船を、波は容赦なく、無慈悲に飲み込んでいったのだ。 「……いいんです。私だって、漁師の家族。海の危険は教わってきましたから。家族が漁に出るときは、覚悟して……送り出していくものでしょう?」 少し切なげな表情をした羽海であったが、包丁を止めることなく、優しく言う。 父は、まだ見つかっていない。 船さえ、流れ着いていない。 生きているのか、それとももう…… 諦めはついている。 海とは、そう言うものだ。 ただ、父の姿も、船も見つかっていない。 そんな現実が、「もしかしたら……」と言う仄かな期待を、希望を…… 胸の奥底にちらつかせていた。 「お疲れ様!今日もありがとうね!」 作業は、深夜までおよび。 ようやく解放された女達が、口々に労いの言葉を掛け合い、散っていく。 「お疲れ様でしたー。」 そんな女達を見送って、羽海も家路につく。
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