潮騒の調べ~少女は、願う~

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「おかえり。意外と早かったじゃないか。」 出迎える祖母。 「うん。おばさん達、みんな来てたから。」 エプロンを洗濯機に入れ、そのままシャワーを浴びる。 作業のある日は、これが日常。 大量の魚の臭いを早く消してから食事を摂りたい。 そこは羽海も年頃の女子、なのである。 風呂上がり、濡れた髪を拭きながら居間へと入ると、祖母が夕食を作ってくれていた。 「私も手伝ったのに……」 申し訳なさそうに言う羽海に、 「あんたは今日、働いてきたんだからいいのよ。食べなさい。」 優しくご飯を盛ってくれる祖母。 「ありがとう。……いただきます。」 丁寧に手を合わせ、料理を口に運ぶ。 父が消息を絶ってから、祖母は必死に羽海の母を探し歩いた。 羽海を『親無し』にしたくなかった。 漁師の家庭の事情は複雑。 そんな生活に嫌気がさし、羽海の母は家を出ていった。 父は、母が羽海を置いていったことに憤慨し、母を探すことはなかった。 祖母も、父親がいるのなら……と、その時は母がわりには自分がなろう、と羽海を育ててきた。 しかし、父がいない今。 祖母は不安だった。 もし、年老いた自分が突然命を落とすことになったら。 羽海は誰を頼って生きれば良いのか。 どうやって生きていけるのか。 だから、母を探した。 しかし……結局、見つからなかった。 「羽海。」 食事を終え、食器を丁寧に片付ける羽海を、祖母が呼び止める。 「お母さんに……会いたいかい?」 それは、祖母が最後の問いにしようと決めた、心からの問い。 「私は……」 このとき、『会いたい』と言ってくれたら、祖母はどれほど楽であっただろうか。 「私は……お母さんよりも、お父さんに会いたい。」 まるでギリギリと、鎖で心臓を締め上げるような……そんな胸の痛みを祖母は覚える。 「そうだよねぇ……早く、帰ってこないかねぇ……。」 そう、呟くより他の選択肢を祖母は持ち合わせていなかった。 「……ごめん、なさい。」 祖母の押し隠していた気持ちが表情に出たのか。羽海は祖母に小さく頭を下げた。 「おばあちゃん、私のことは心配しないで。ひとりでも、ちゃんと生きていける。それに、今はまだ、おばあちゃんがいるじゃない。……それで、充分。」 あどけなさの残る少女の、芯の強さに、祖母の目頭は熱くなるのだった。
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