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羽海の頭の中では、この鍵がどこの鍵なのかは、容易に想像できていた。
大切に仕舞われていた『釣り道具』の箱。
わざわざタンスの上に仕舞い、そして鍵までかけてあったのだ。
その鍵を、肌身離さず持たないわけがない。
タンスの上から、そっと箱を下ろす。
そして、鍵を手に持ち、箱の前に正座する。
「おばあちゃん!……お願い、ちょっとだけ来て!」
ひとりで見る勇気は、なかった。
父の言葉に矛盾があるのに気付いたから。
「漁師の道具はな、使い込んで、手直しして……自分だけの道具になっていくんだ。その都度新調する奴は、にわか漁師なんだよ。」
故に。
父の大切な釣り道具なら、あの時、漁に持っていった筈だ。
『釣り道具』を大切に仕舞っておく訳がない。
きっと、箱の中は違うもの。
だが、今の羽海には、『釣り道具以外の何か』をひとりで受け入れる自信がなかった。
「はいはい……どうし……た?」
祖母が、部屋に入ると、羽海の前に置かれた箱を見つけて。
「そうか。開けるのかい。」
優しく、羽海に言った。
「……うん。」
祖母の微笑みの理由が分からないまま、羽海は頷く。
「汚すといけないからね。手、洗ってきな。よーく拭くんだよ。」
祖母は止めるでもなく、意味深な言葉を羽海にかける。
何故、手を洗うのか。
その理由が分からなかったが、優しく背中を押してくれようとする祖母の言いつけは、守っておかなければ。
そう、思ったのだ。
手を綺麗に洗い、しっかりと水気を取り……
「……おかえり。」
祖母が待つ、父の部屋へと戻る。
「……さぁ、開けてみな。」
祖母は、まるで中に入っているものが何か、分かっているようだった。
小さな鍵を、小さな鍵穴に差し込む。
少し錆び付いた鍵は、何度か動かすことでようやく鍵穴に収まり、かちゃり……と小さな音をたてた。
何年も開かれていなかったのだろう。箱が、ギィ……と思い音をたてて開く。
「………………え?」
「お父さんが、釣り道具なんて大切に箱にいれてはおかないわ。……この箱の中に入っているものは、釣り道具なんかより、もっともっと大切な、命よりも守りたい、宝物、なんだよ。」
……刹那。
父の満面の、そして豪快な笑顔が羽海の脳裏に飛び込んできた。
「…………おとう…………さんっ!」
羽海の目から、大粒の涙が溢れた。
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