潮騒の調べ~少女は、願う~

7/11

10人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ
羽海の頭の中では、この鍵がどこの鍵なのかは、容易に想像できていた。 大切に仕舞われていた『釣り道具』の箱。 わざわざタンスの上に仕舞い、そして鍵までかけてあったのだ。 その鍵を、肌身離さず持たないわけがない。 タンスの上から、そっと箱を下ろす。 そして、鍵を手に持ち、箱の前に正座する。 「おばあちゃん!……お願い、ちょっとだけ来て!」 ひとりで見る勇気は、なかった。 父の言葉に矛盾があるのに気付いたから。 「漁師の道具はな、使い込んで、手直しして……自分だけの道具になっていくんだ。その都度新調する奴は、にわか漁師なんだよ。」 故に。 父の大切な釣り道具なら、あの時、漁に持っていった筈だ。 『釣り道具』を大切に仕舞っておく訳がない。 きっと、箱の中は違うもの。 だが、今の羽海には、『釣り道具以外の何か』をひとりで受け入れる自信がなかった。 「はいはい……どうし……た?」 祖母が、部屋に入ると、羽海の前に置かれた箱を見つけて。 「そうか。開けるのかい。」 優しく、羽海に言った。 「……うん。」 祖母の微笑みの理由が分からないまま、羽海は頷く。 「汚すといけないからね。手、洗ってきな。よーく拭くんだよ。」 祖母は止めるでもなく、意味深な言葉を羽海にかける。 何故、手を洗うのか。 その理由が分からなかったが、優しく背中を押してくれようとする祖母の言いつけは、守っておかなければ。 そう、思ったのだ。 手を綺麗に洗い、しっかりと水気を取り…… 「……おかえり。」 祖母が待つ、父の部屋へと戻る。 「……さぁ、開けてみな。」 祖母は、まるで中に入っているものが何か、分かっているようだった。 小さな鍵を、小さな鍵穴に差し込む。 少し錆び付いた鍵は、何度か動かすことでようやく鍵穴に収まり、かちゃり……と小さな音をたてた。 何年も開かれていなかったのだろう。箱が、ギィ……と思い音をたてて開く。 「………………え?」 「お父さんが、釣り道具なんて大切に箱にいれてはおかないわ。……この箱の中に入っているものは、釣り道具なんかより、もっともっと大切な、命よりも守りたい、宝物、なんだよ。」 ……刹那。 父の満面の、そして豪快な笑顔が羽海の脳裏に飛び込んできた。 「…………おとう…………さんっ!」 羽海の目から、大粒の涙が溢れた。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加