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それから、数年の月日が流れた。
「羽海!行ってくる!」
体格のいい男が、羽海に声をかける。
「行ってらっしゃい!……あ、お父さん!」
羽海が、男を呼び止める。
「海は恐ろしいんだから。しっかり準備して行ってね?少しでも天気が悪くなったら、すぐに戻ってくるのよ?」
男は心配げな羽海の頭を撫でると、
「俺を誰だと思ってるんだ!海の事なんて、俺がいちばんよく知ってるよ!」
と、豪快に笑う。
そんな男を笑顔で送り出す、羽海。
「……いちばんじゃなくて、2番、だけど。ねー?」
手を振りながら、背負った子供に声をかける。
子供は、すぅすぅと寝息を立てていた。
羽海は、父に良く似た、逞しく、豪快に笑う、気持ちの良い男性と恋に落ち、結婚した。
そんな夫も漁師。
父にいろいろ、漁師についてのいろはを叩き込まれた、『自称・弟子』である。
「父さんは……俺にとっても、本当の親父みたいだった。優しくて、豪快で……カッコいい人だったよ。」
父の船が見つかって数日後、そんな事を彼は言った。
父は、誰の前でも変わらずに接していたのだ。
そんな父の話をするうちに。
自分が教えてもらわなかった事を知る彼に、少しずつ惹かれていった、羽海。
彼も、昔から羽海は気になっていたらしいのだが、師匠の娘だし、あんなこともあったし……で打ち明けられずにいたらしい。
そんなふたりは、ごくごく自然に、結ばれた。
結婚式の前日、彼は羽海に1枚の紙を手渡した。
「これ、お父さんから。」
その言葉の意味が分からず、紙と彼とを交互に見る羽海。
「実は……付き合う前から、お父さんには許可をもらってたんだ。俺が羽海の事が好きだ……ってお父さんには打ち明けてたから。」
紙を開くと、そこには。
『俺の部屋の掛け時計』
「お前がもう少し立派になったら、羽海をやる。だから、立派になれ。その時が来たら、これを羽海に渡してくれ。……まぁ、羽海が、お前を気に入るかはわからねぇがな!……って。本当に……羽海が俺を選んでくれて、良かった。」
笑顔で羽海の家へと向かう彼。
その後ろをついていく、羽海。
父の部屋の掛け時計。
大きな蓋を開けると、小さな箱が入っていた。
「お父さん……こんなサプライズ……嬉しくないよ……」
小さな箱の中。
そこには、ペアの指輪が入っていた。
『結婚、おめでとう。羽海』
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