終章 闇の底を抜けて

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「かがやさん…」 わたしの甘い呼びかけに彼は言わずもがなの台詞で応えた。 「すぐ忘れるな。…お前も『加賀谷』だろ、もう」 いやそうだけど。確かに既に入籍も挙式も済んで、名実共にわたしは『加賀谷夜里』になってる。でも。 …それ。今言わなきゃ、駄目? 平日の夜、わたしが仕事から帰って一緒に夕食を摂り、彼がクラブマネージャーとして出勤するまでの僅かな時間。一方で週末はクラブも基本的に閉まってるからゆっくり二人で過ごせる訳だし贅沢言ったり文句つけるのはどうかとは思うんだけど。 いつも彼が帰宅するのは深夜遅く、日付が変わった後だ。わたしも翌日仕事に出なきゃならないからその時間はしっかり睡眠を取ってる。朝は頑張って起きて一緒に朝食を食べてくれるだけでもありがたい(多分わたしが出勤したあともう一度ベッドに戻って寝直してる)。つまり、平日にいちゃつこうと思えばこのタイミングしかない、訳で…。 「それはわかってる、けど。…今はもっと別に、言いたいことないの?」 リビングのソファの上。例によって彼の膝に乗って甘えるように身を擦り寄せる。結婚する前とあまりすること変わってないかも、わたしたち。 彼もわたしの首筋をひっ捕まえて(そう、猫でもつまむみたいに)引き寄せるように唇を重ねる。この時間を使って少しでもお互いを満たそうっていうこと自体は吝かでもないみたい、だけど。 いうほど時間の余裕がある訳でもないし。このままソファでいくらか身体をくっつけていれば気が済むのか、それともそれじゃ足りない、もっとって思ってもらえるか、そこは。 …わたしの持っていき方次第、かな。 自分は今日の仕事も無事終了、二人で心楽しい食事も済んであとはお風呂でリラックスして眠るだけ。その反面彼はそんな時間から深夜0時を回るまで仕事に出かけなきゃならない。セックスなんかする気にならないよ、って言われても無理ないのは。…ちゃんとわかってるんだけど。 「…、ん、っ」 彼のキスがのしかかるように深くなり我知らず喘ぐ。全然無しならないでそれは自制できると思うんだけど。こうやって中途半端に刺激されて、よしじゃあそろそろ支度するか、なんて言われてさっさと膝から降ろされて立ち上がられた日には…。 舌を絡めながらわたしの胸を服の上から柔らかく揉む。身を捩り、夢中でキスを返す。ここまでするからには。 ちゃんと最後まで責任、取ってもらわないと…。
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