2.海の絵

9/15
前へ
/76ページ
次へ
「だいたい、帰り際に絵を描くぐらいなのに、どうして選択授業は美術にしなかったの?」  つい口を滑らせた。  当然ながら尋ね返される。 「同じ学校なのか?」 「私はそっちのこと、時々だけど見たことあるよ」  ということにしておく。  まるっきりの嘘ではない。  プライベートな事情に関わりがある事を黙っているだけだ。  彼は「人の顔覚えるの得意なんだな」とつぶやいた。  一瞬、また歌子のような勘繰りをされるのかと身構えた。  私だって、学校ですれ違う同級生全員の顔を覚えているわけじゃない。  本人に興味がなければ、覚えないのが普通だと思う。  後ろめたいので言い訳のように付け加えた。 「ほら、選択授業でよくすれ違うから」 「てことは、そっちは美術選択してんだ」  彼は興味をひかれたように、少し口の端を上げる。 「で、写生意外は苦手と」 「いいじゃない、別に」  すねて見せると、野村君は「見てみるか?」と閉じていたスケッチブックを開いてみせた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

31人が本棚に入れています
本棚に追加