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「ifがあるから仮定法って考えちゃダメ。混合文だとifは無くなるから。それでも助動詞は残る。だから助動詞を見つけたらまずは仮定法疑う。で、消えたら倒置」
「えっと、He had not been…」
姉ちゃんはにっこりと俺に微笑んで、俺のすっかり使い果たした(元から使う程持ってはいないけど)頭にご自慢の手刀を振り降ろした。
「Had he not been!倒置だっつってんでしょ!」
ぐわんぐわんと、例えようのない衝撃波を喰らった頭を押さえてうずくまる。自宅のリビングでこんな手刀を食うことはおよそ一般家庭ではないだろう。
昔からこの手刀は姉ちゃんの得意技だ。
門限を破った時、友達と喧嘩した時、お袋に思わず「うるさい」と口答えた時。幾度となくこの頭に振り降ろされてきた。
「あかりちゃん、ママ、お仕事行ってくるわね。夕飯どうする?」
キッチンで洗い物を終えた母はリビングに顔を出すと、頭を抑えてうずくまる俺を見て「仲良しね」としみじみ告げた。仲が悪いとは言わないが、どこが?うちの母は割と天然だった。
「何か買ってくるよ、渚が」
「俺かよ…」
「あら、そう?じゃぁお願いね」と、お袋は出かけて行った。
昔から家のことの一切・・・は俺がやってきたけど、姉ちゃんの謎の存在感から両親は安心して仕事に打ち込めたらしい。
確かにわからなくもない。
夜中に外から物音がすれば一番に父親の木製バットを持って出て行くし、30kg(1俵)の新米を親戚の農家から貰った時も軽々と担いで家の中に運んで行った。
少し前にでかい地震が来た時も、揺れが収まったと同時に「渚はブレーカー!お母さんはガスの元栓!お父さんは戸締り!」と指示を出していたし、その時の姉ちゃんはすでに貴重品と持ち出せるだけの備蓄をバックに詰めていた。
近所のお爺さんが風呂場で倒れた時もバスタオルを体に掛けて引っ張り上げたし(バスタオル掛けたら滑らないから引っ張り上げやすいらしい)、ペットが死ぬ時も涙も見せずにしっかり抱きしめて最期を看取る。
とりあえず我が家は凶暴だけど姉ちゃんがいればなんとかなる、という空気があるのだ。
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