それでも、海の碧み掛かった青さは変わらず美しかった。

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いつの間にか彼の大きなスーツケースが碧依の部屋に持ち込まれており、彼は自分の部屋に戻る事もなくずっと彼女の部屋に居座って、愛を与え続けていた。 夜も、朝も日中だって構わずに、彼女の喘ぐ声が、水音が、肌に肌を打ち付ける音が部屋に聞こえていた。彼女の名を囁く彼の声も。 攻め立てられながら彼女の頭には別の事がよぎる。 彼もこの地に一人ということは、もしかして恋人は……そう思って碧依は首を振る。 考えてはダメ。恋人がいようがいるまいが、そんなことは私には関係の無いこと。 所詮、住んでいる所も知らない。遠距離恋愛を持続できるほど、彼を縛り付けておくほどの魅力など。 彼にとっては、今を楽しむだけの相手でしかないのだろう。 眠りながら無意識に彼女の乳房に這う指の上に自らの指を重ねた。苦しいこの胸の痛みをどうか消し去って。 枕に滴が落ちた音が微かに聞こえた。その音に負けないくらいに小さな声で囁いた。 「……さよなら」 いつ帰ると、彼女も彼も口には出さなかった。 だから、碧依はその日の朝隣で眠り続ける彼を起こさないようにとそっとベッドから抜け出た。 彼女を探すように空を漂う彼の手。 それにキスして「まだ寝てて大丈夫よ」と聞き取れるほどに絞って言葉を掛ける。すると、安心したようにその腕はパタリと落ちて、彼の寝息が再び聞こえ始めた。 長居は無用。 別れの言葉など興醒めでしかない。
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