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左手奥にあるエレベーターが、到着音と共に扉を開いた。
整髪剤できちんと整えられた髪。
冷たさを増長するような金属製のフレームの眼鏡。
高級なスーツ。その上からでも分かる肉体。
何度か職場でも見た顔だった。
名前を指でたどる。
青波常務。
若いながら次期副社長候補という噂が下っ端の自分の耳にも入るほど優秀と聞く。
「お疲れさまです。まだ先程始まったばかりです」
精一杯の作り笑顔で記念品を渡す。
「君は……」
聞き取れたのは最初の言葉だけで、後半はほとんど聞き取れなかった。
「え?」
首を傾げながら聞き返す。
彼が大きくため息を吐く。
「君はベッドの上の方が可愛い笑顔を見せるんだね」
「……え?」
ベッドの上……と言っているようにしか聞こえない。一瞬笑顔が凍る。
何、このセクハラ上司……。幾ら副社長候補だろうが、それは言ってはいけないって分かるよね?
怪訝な表情がつい出てしまった。
「髪の毛だって下ろしてる方が可愛いのに、いつもそうやってキツく一つに結っているんだね」
「……あの、失礼ですが。その……どなたかとお間違いでは」
躊躇しながら、やんわりと彼の勘違いを正そうとした。
「いや。俺は香田碧依に話してるけど?」
今までろくに接点もないのに自分の名前を知っていることにも驚いたが、雲の上の存在のような上司の自分に対する態度は、悪いなんてものではなかった。
反感を買うほど関わりを持ったこともない。
でも明らかに、好意は微塵にも感じ取ることは出来なかった。
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