180人が本棚に入れています
本棚に追加
月が昇り掛けの海に目をやる。
「……また会ったね」
聞き覚えのある声に振り向いた。
昼間の、彼だった。
「……先程は、どうも」
遠慮がちに僅かに会釈をする彼。
「……あなたもここに?」
プライベートビーチのここに居るということは彼も宿泊客なのだろうと、そう思った。
「まぁ、ね」
思わせ振りにそう答える男。
「あなたも……一人?」
先程の答えとなったかは分からないが、敢えて『あなたも』と聞いた。
それに彼も気付いたのだろう。
「ええ、僕も一人です……良かったら、美味しいお酒でもご一緒にいかがですか?」
その笑顔の優しさに、今は深い意味など求めずに癒されたい。
「……お酒だけ?……ですか?」
普段は知らない男の誘いになど絶対に応じない。それでも彼の声に酔い始めていたのは、ここが知らない土地であったからかもしれない。ここにいる誰もが自分の名も知らずに呼んでくれさえもせず、余計に孤独感が増してしまう。
もう二度と会うこともない、だからこそ……。今だけでも、誰かにすがり付きたかった。
この男に思う存分甘えてみたい。
別れたばかりの元恋人以外の異性との行為に、自分の心は耐えることが出来るのだろうか。
差し出されたその手に、不安以上に期待感で高揚しながら指先をそっと触れる。
その指を彼は自分の唇まで持っていくと触れる程度のキスをした。
「……ご希望とあらば」
唇は離れないまま、黒目だけが彼女を見詰める。
その目付きにどきりとする。
先程の……昼間の怒りに満たされていたときのように鋭い眼光。
彼女は急に怖じ気付いた。
慌てて腕を引っ込めようとするが、彼がそれを許さなかった。
「あなたの傷が癒えるように、精一杯努めましょう」
漸く唇が離れてはくれたが、だからといって彼女の手はまだ解放されていなかった。
怯えた表情の彼女に満足し、薄い唇をを歪ませながらニヤリと彼が笑った。
最初のコメントを投稿しよう!