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全員、これから向かう先に何が待ち受けているかは知っている。
だが、怖気づくものはいない。
そもそも恐怖という感情がまだ芽生えていないのだ。
「十二年前、我が組織から脱走し研究成果を奪い去った人間、
雷久保番能の所在が判明した!
奴は現在、緋衣路市に潜伏しているものと思われる。
奴は組織に多大な打撃を与えた仇だが、それだけではない」
実に芝居がかった演説だが、おそらく他のフェイスたちには
なんの感慨も与えていないだろう。
無感動に見つめる光眼の先で一人拳をふりあげるさまは滑稽ですらあったが、
どうも感情を獲得したフェイスはああも大仰に振舞うことを好むらしい。
最初から感情を持っていた俺にはわからないが、よほど嬉しいことなのだろう。
「雷久保が持つもう一つの研究成果の奪還も今回の主任務だ。
だが、奴は人間どもにとっても重要人物。
そのため、敵部隊CETは"アルカー"を派遣した!」
ぴくり、と。
その言葉が出たときだけ、肩が揺れ動いた。隊長格フェイスはそんな俺を
ちらりと一瞥し、作戦概要を続ける。
「知ってのとおり、アルカーはこれまで我々の作戦を何度も妨害してきた。
だが諸君はこの一ヶ月、アルカー打倒を専門とした訓練を続けてきた!
その成果は必ず実る! これまで君らを見続けてきた、私が断言しよう!」
人間だったなら戦意が高揚するところなのかもしれないが、無感情の仮面の群は
興奮も失笑もせず、身じろぎすることもなく話を聞くだけだ。
「現在先行した偵察員が雷久保を捜索している。第一目的は奴の研究成果の奪還、
そして――奴からエモーショナル・データを引き抜くことだ。
アルカーに遭遇する前に達成できればベストだが、期待はするな」
一度、背を向けたのはむしろ自身の怯懦を隠すためか。だが振り向いたその態度は流石に
彼も実戦をくぐりぬけたもののそれだった。
「雷久保を発見しだい部隊を展開する! アルカーが出現した場合、
アルカー対策部隊は奴の撃破を最優先せよ!」
隊長以外誰も何も言わない、櫃の中のような機内で、俺は組んだ拳に力を入れる。
アルカー。アルカー・エンガ。
生まれてからずっと、奴の戦いだけを見て過ごしてきた。
まるで旧知の間柄かのようにすら感じる、その相手と。
今日、実際にあいまみえるのだ。
・・・
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