帰郷

10/10
前へ
/24ページ
次へ
「私、自分の名前が嫌いなんです。あ、名前じゃなくて苗字の方。キチハラって、誰も呼んでくれなくって、ヨシワラの汐織って呼ばれるの。ヨシワラの汐織じゃ、ソープ嬢みたいでしょ」 口元に薄く笑みが浮かぶ。 「苗字は、結婚したら変わるよ」 「はい。だから、素敵な苗字の人と結婚しようと思うんです」 「そうか……。千坂じゃ面白くないよね」 「そんなことないですよ。でも、今日初めて会ったばかりだし、兄がこんなだし」 「僕は、君のお兄さんを尊敬しているよ」 「そうですか?」 汐織の顔が輝いた。彼女は、兄のことが本当に好きなのだと思った。 廊下の向こうでチャイムが鳴る。 「風呂が沸きました」 汐織はぴょんと立って、廊下の向こうに一旦消え、千坂用のパジャマを用意してきた。 千坂は風呂をもらってから客間の布団に横になった。時刻はまだ午後10時で、普段なら眠くなることなど無かったが、久しぶりの荷物運びと運転、そして程よく体をめぐったアルコールで、深い眠りに落ちた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加