帰郷

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「僕は負けた。亮治は勝った」 助手席の吉原冬馬(きちはらとうま)は故郷に続く国道6号を見つめていた。 ワゴン車を運転する千坂亮治(ちさかりょうじ)には返す言葉がなかった。 たった1人の親友が就職できずに田舎に帰るところだった。荷物は、僅かばかりの引っ越し荷物だ。 「冬馬が悪いんじゃないよ。リーマンショックのせいだ。アメリカ人が夢にうつつを抜かして贅沢したからだ」 しばらく走った末に口にした言葉は、使いまわされてカビの生えたような責任転嫁だった。 つい数年前まで、アメリカでは景気の拡大が続いていた。将来不動産が値上がりするからと、貧しいものまでがサブプライムローンを組んで住宅を買ったからだ。彼等は、将来、値上がりした自宅を売ってローンを返した上に、利益まで得られるはずだった。 金融機関はサブプライムローンの原資を様々な金融債権に組み込んで集め、返済能力の乏しい者たちに貸付け続けた。結果、投資家たちは金融商品に不安を覚えて買い控えた。そして一気に景気は減速し、2008年9月、大手金融機関のリーマンブラザーズ社が倒産し、世界中に金融不安が広がった。 日本の金融機関はサブプライムローンを組み込んだ債権をほとんど持ってはいなかったが、世界経済が減速すると、輸出に頼る製造業が打撃を受けた。2007年には513兆円あったGDP(国内総生産)は2009年には471兆円にまで落ち込んだ。 2010年には483兆円にまで回復したが企業の将来見通しは厳しく、採用を控える企業が増えた。そうした経済環境の中で千坂や吉原の就職活動が行われた。千坂は大手商社に就職が決まったが、吉原は内定をもらうことができなかった。 就職浪人となることを回避するために大学院に進む大学生が多かったが、家が貧しい吉原にその余裕はなく、家業のコンビニを継ぐことにした。
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