帰郷

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15分ほど北上すると車は右に曲がり、漁村というにふさわしい集落に着いた。吉原の家は海の目の前にあって、経営しているコンビニは徒歩で10分ほどの小さな港の目の前にある。 「荷物を降ろすのは、明日にしよう。中で休んでくれ」 玄関には鍵がかかっておらず、ガタガタと建付けの悪いドアを引くと「おかえりなさい」と澄んだ女の声が、薄暗い屋内から光のように流れた。 千坂には、声が吉原の妹の汐織(しおり)のものだとすぐにわかった。自慢話をよく聞かされていたからだ。今年高校を卒業した汐織は、地元の漁業協同組合に就職が決まっているはずだ。 「友達を連れてきたから、コーヒー頼む」 吉原がドアを閉めると夕日が締め出され、屋内に陰鬱なものが漂う。目の前が8畳の茶の間で南と東側に窓があったがすでに闇に飲まれようとしていた。 「そこに座ってくれ」 吉原は南側の窓の前を指し、蛍光灯を付けた。 部屋が明るくなっても、吉原の顔はくすんだ木像のように見えた。
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