たぬき

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1  溶けたアイスが棒を伝って、ポトンとアスファルトの上に落ちた。  暑い。  この石段をあと何段のぼったら、自分の家に着くんだろう。  ぼくはうんざりと、行く先を見あげた。  人の肩幅ほどしかないせまい石段が、民家の間を蛇行している。  まるで、青空に浮かぶ入道雲の森にまで続いていくようだ。  一学期の終業式、ぼくは東京の六年二組のみんなと別れた。 「子どもを育てるなら田舎で!」と意気込んだ親が、念願の脱サラをはたして、この咲崎(さきざき)の集落に空き家を買ったためだ。  東京から新幹線で二時間。さらに特急で一時間。駅からバスで四十分。  青い海につきでた岬の漁村。  ロケーションはいいところなんだけど、暮らすとなるとそれなりの覚悟が必要だった。  親がどれだけそのことを知っていたのかはナゾだ。でも、少なくてもぼくは、引っ越して一ヶ月で、すでに、ここに住むのがつらくなってきている。  コンビニのある下界から、トンネルをくぐって、山の反対側にある漁港に出て。はじの集合駐輪所に自転車をとめて。  そこからは、溶けかけたソーダバーを口にくわえながら、細い石段をひたすらのぼること十分。  ようやく、丘の上の我が家が見えてくる。  岬をうめる瓦屋根を一望できる高台。竜の背のようにのびる尾根の先を見れば、白い灯台がマッチ棒のようにつき立っている。
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