たぬき

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「こんにちは。きょうもエライ暑かったでな~」  玄関の引き戸の鍵を開けていると、となりの家からおばあさんが出てきた。 「こんにちは」  すっかり棒だけになったアイスを口からはなして、ぼくはぺっこりと頭をさげる。  南出(みなみで)のおばあさんには、引っ越してきてから、お世話になりっぱなしだ。  お母さんに、集落のごみ置き場の清掃方法を教えてくれたり、お父さんに、集会の日にちを教えてくれたり。  ぼくにも会うたびに話しかけられて、前の学校での生活なんかをきかれる。 「純(じゅん)君、きょうもひとりでお留守番かぁ? お母さん、パートはじめたんやてなぁ。たしか、東浜(ひがしはま)の市場に行くて、ゆうとったなぁ」  南出さんは、明るい辛子色のシャツがよく似合う。  高校生のお孫さんがいるらしいのに、石段をぼくよりも早くのぼれるのは、生まれも育ちも咲崎の人間の強さだろう。 「はい」 「お父さんは漁かぁ?」 「はい。きょうから船に乗るって言ってました」 「そうかぁ、そらエライわぁ。あの年で海の男なんてなぁ。そやさけ、純君は夏休みにひとりで、さみしやろ? 海行ってき~。ここいらの子らは、山向こうの砂浜んとこによくいるで。入れてもらい~」  ニコニコと笑う、しわにかこまれた丸い目。 「はぁ。まぁ……また……」  後ろ頭に手を置いて、愛想笑いを返していると、『七つの子』のメロディーがきこえてきた。  市が流している六時の防災行政無線だ。  アオーン!  別の音がした。
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