一夜目

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「吉臣様…」 夜も更け、そろそろお開きかという頃、吉臣は女房に声をかけられた。 こそりとかけられたその声に、吉臣は振り返って微笑む。 「何でしょうか」 「は、はい。姫様が、殿を助けて頂いた、礼がしたいと…」 思わず見惚れてしまい、たどたどしく言葉を紡ぐ女房に、吉臣は微笑みを浮かべたまま答えた。 「それは兄上に」 先ほどまで成親は為末と話しをしていたが、為末は席を外している。 吉臣は、それをきちんと見ていた。 もちろん女房の方も、それを見計らって、吉臣に声をかけたのだろう。 「いえ、でもあの…」 断られると思っていなかったのか、動揺する女房に助け船を出したのは、成親だった。 何時の間にか吉臣の側に来ていた成親は、吉臣でなければ意味がないんだろう、と含み笑いをする。 「しかし…」 「何だ。会えない理由でもあるのか。ああ、昨日の相手はもしや」 「昨日ではなく二日前…」 はっと口を噤む吉臣だが、もう遅い。 反射的に答えてしまった弟に、成親は嬉しそうに笑った。 久しぶりに弟をからかえて、愉しそうである。 「引っ掛かったな吉臣よ」 「兄上…」 成親と一緒で気が緩んでいるのだろうな、と吉臣は肩を落とした。 「なるほど。この屋敷の主人が居ないと知って、やって来たのか」 「姫からは、宴で居ないと聞きましたけどね」 「おや、姫から誘ったのか」 「あ、あの…」 「これは失礼。吉臣、行ってこい。気づかれないうちにな」 「はいはい分かりました。行ってきますよ」 成親に言われて、吉臣は諦めたように呟きながら立ち上がった。 「すぐ戻ります」 そう言ってから、女房に誘われて行く吉臣を、成親は酒を飲みながら見送るのであった。
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