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三夜目
「吉臣さま…」
女の声に微笑み、吉臣はその頬に手を触れる。
女の頬は、涙で濡れていた。
「私が、恐ろしいですか」
「いいえ、いいえ…。ただ、あまりの優しさに…」
吉臣は微笑みながら、その涙を拭う。
女はそっと、その手に自分の手を重ねた。
「貴方は、お優しすぎる」
「優しすぎますか」
「…北の方さまを亡くした寂しさを埋める為の、私たちにまで、こうして優しい言葉をかけて下さる。…罪な方」
女の言葉を聞いた途端、吉臣の表情が消えた。
「あ…」
自分の失言に気がついた女だったが、もう遅い。
こういった場で、亡き妻を思い出させる発言を嫌っている事は、女も理解していたはずだったのに。
吉臣は女の手からするりと逃れ、茵から出ると、狩衣の乱れを整え始める。
女は乱れた単もそのままに、吉臣の狩衣の袂を掴んだ。
「待って…、お待ちください」
吉臣は振り返ると、軽く袂を掴む女に微笑み、掴む手を、そっと引き剥がす。
女が傷ついた表情を浮かべるが、吉臣がその手に自分の手を重ねると、それも消えた。
問うような顔で、吉臣を上目遣いに見上げる。
「…今日は帰ります。用事を思い出しました」
それが嘘だという事くらい、女にも分かった。
しかし、何も言う事は出来ずに、目を伏せて頷いた。
「お休みなさい、姫」
さようなら、では無い事に安堵しつつ、女も返事を返す。
「お休みなさい、吉臣さま」
それに笑って、吉臣は出ていった。
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