三夜目

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「今日はお早いお戻りで」 吉臣は屋敷に戻った途端、そう声をかけられた。 声をかけたのは宗定である。 夜、忍んで行くときは途中まで牛車で行き、宗定も一緒であるが、吉臣はいつも途中で帰す。 帰りは、式神を飛ばして迎えを頼む。 だから宗定は、歩いて帰って来た吉臣に、そう声をかけたのだ。 「からかわないでくれよ」 苦笑しながら、吉臣は私室へ足を進める。その後に宗定が続く。 「直ぐに寝所の用意をいたしましょう。その前に、白湯をお持ちいたしますね」 私室へ入ると、宗定は手早く着替えを手伝いながらそう言って、言葉通り厨へ向かった。 自分にはもったいない従者だと吉臣は微笑みながら、その背に礼を言う。 「ああ。ありがとう」 「これが私の仕事ですから」 そっけない口調であったが、照れているのだと吉臣には分かっていた。 宗定は、吉臣がこの家に婿として入ってから、義父が連れて来た者だ。 吉臣の妻綾子とは腹違いの弟で、京の外れに住んでいた。 とても気が利き、腕も立つという事で、吉臣の従者となった。 基本的には口数が少ないが、主思いの良い従者である。 綾子の死後、屋敷の家人たちを郷に帰したり、新しい働き口を世話したりと、吉臣が屋敷から人を送り出した際も、それを聞かなかった。 私は吉臣様の従者ですから、どこまでもお供しますと、言って聞かなかったのだ。
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