三夜目

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「吉臣殿」 屋敷の奥の方から、吉臣を呼ぶ声がする。 その呼び声が聞こえているはずなのに、庭に面した簀子に座って、目を閉じた吉臣は微動だにしない。 何度も自分を呼ぶ声を、楽しんでいるようにも見える。 自分を捜す声が、近づいてくるのを待っている。 「吉臣殿」 近くで声が聞こえて、ようやく吉臣は顔をあげた。 そして、声の主の方を向くと、優しい顔で微笑んだ。 女人であれば頬を染めるだろうその笑みに、しかし、声の主、綾子は不満そうな顔をしていた。 「先程から、何度も呼んでいたのですが、聞こえませんでしたか?」 「いいえ。聞こえていましたよ」 「では何故、答えて下さらぬのですか」 「私を呼ぶ声を、聞いていたかったのです」 「またそのような」 少し呆れたように綾子は言って、吉臣の隣に腰を下ろす。 それを目で追う吉臣は、笑みを浮かべたまま。
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